アダム・スミス

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  ルネサンス84
 「古典経済学の父」アダム・スミス(一七三二〜九〇年)の新入生時代を一つの例として、少々、話をさせていただきたい。
 名著『国富論』の著者として名高いアダム・スミス。
 彼が、グラスゴー大学に入学したのは、二百六十年ほど前(一七三七年)のことである。
 ちょうどその年、グラスゴーを震憾させる事件が起こった。スミス青年が師と仰ぐ哲学者のフランシス・ハチスン教授(一六九四-一七四六年)が、当時の教会裁判所に告発されたのである。
 この教授は、いわば「宗教のための人間」から「人間のための宗教」への転換を志向していた。そして「学問の自由」「精神の自由」を高らかに掲げた。
 その主張に対して、傲慢な聖職者らが、激しい攻撃を加えてきたのである。
 しかし、グラスゴー大学の学生は、こぞって正義の擁護に立ち上がった。燃え上がる若きスクラムで、横暴な権威の介入をはね返したのである。
 青年のスクラム、学生のスクラムほど強いものはない。何ものもかなわない。新入生のスミスは、こうした精神闘争の息吹の中で、勇敢なる恩師から「人間尊重」「人間解放」の魂を受け継いだ。
 そして、大学生活を大きな原点として、堂々たる学問の大革命を成し遂げていくのである。

 


 

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