ルネサンス19
アイトマートフ氏と故郷の学生
諸君の新しい旅立ちに際し、私(名誉会長)は、「ソフト(柔軟)な人」、「賢明な人」、そして「芯の強い人」に育てと申し上げたい。ご存じのように、今、私は、世界的に有名な作家であるアイトマートフ氏とともに、対談集(『大いなる魂の詩』)の編さんに取り組んでいる。同氏は現在、ルクセンブルク大使。ヨーロッパでは特に圧倒的人気のある国際的な作家であり、リーダーである。昨年十一月には、対談集の上巻を発刊することができ、現在は下巻の準備を進めているが、そのなかで氏は、大変に印象深い、鮮烈なエピソードを語ってくださった。
それは三年前の五月のことである。氏は、ゴルバチョフ元大統領の訪中使節団の一員として、北京を訪れた。一行の宿舎は、釣魚台国賓館という政府の迎賓館であった。私もお世話になった由緒ある美しい建物である。アイトマートフ氏は、長旅の疲れもあり、そろそろ寝ようと思ったその時、突然、電話が鳴り始めた。氏は、ひどくびっくりした。北京に知人は一人もいない。電話がかかってくるはずもない。ところが、もっと驚いたことに、受話器を取ると、懐かしい故郷のキルギス語のあいさつが彼の耳に飛び込んできた。中央アジアのキルギスは、大きな湖(イシククリ湖)のある美しい国である。私も、アイトマートフ氏をはじめ、かの地の方々から“ぜひ来訪を”とのお誘いを、何度もいただいている。
電話の相手は明るく若い声でアイトマートフ氏に「父上よ」と呼びかけてきた。だれだろう?いぶかりながらも氏は尋ねた。
「息子よ、お前はだれかね」と(爆笑)。すると「ぼくですか」と相手は、しばらく返事をためらった後で、「ぼくが、だれだかわかりませんか?ぼくは小説『白い汽船』のなかの、川を流れ去ったあの男の子ですよ」と答えた。『白い汽船』とは、氏の作品の一つである。
その小説の“主人公”が、作者に電話をかけてきたというのである。もちろん冗談である。アイトマートフ氏は、ユーモアをたたえてやりとりを続けた。
「じゃあ君はどうしてここ(北京)にいるのかね」 ─ 青年は言った。「ぼくは、流れ流れて、中国にたどり着きました。そして大きくなって、北京大学へ入りました」「
そうだったのか。それはよかった。君は元気で、もう大学生だというわけだね」
「そうです。ぼくはもう大学生です。そして今、キルギスの留学生を代表して、電話を差し上げているというわけです。どうしてもお会いしたいのです。仲間たちが、ラジオであなたが北京にいらっしゃると知って、あなたに頼み込む役をぼくに押しつけたのです。ぼくが『白い汽船』を通じてのあなたの息子だからです」
アイトマートフ氏は驚き、同時に感動して、「わかった。わかった。私の息子よ。必ず行く」と、すぐさま会う約束を交わした。学生たちは全部で三十人ほどの男女だった。皆、瞳を輝かせ、生き生きとした青年であった。なごやかなうちにも、大いに語らいがはずんだ。アイトマートフ氏は、この話を本当にうれしそうに披露してくださった。氏の気持ちはよくわかる。私は、学園出身者との再会と二重写しにしながら、感慨深くうかがった。
今、世界のどこを訪れても、見事に成長した学園・創大出身の皆さんが待っていてくれている。私にとって、我が“息子”であり、“娘”と思う皆さんとの再会ほど、心躍るひとときはない。
柔軟な心
この一青年は、初めて話す憧れの大作家とも当意即妙に、みずみずしい対話を交わしている。そのほほえましい光景が私の目に浮かんでくる。率直な、そしてソフトな心は、青年の特権といってよい。硬直は、即、老化である。その一青年に、誠実に応えゆくアイトマートフ氏も、また、実にソフトな心の持ち主である。権威でもない、立場でもない。平等な「人間」同士として心を開いておられる。いばったり、見下したり、かたくなな態度など少しも見られない。傲りや、乱暴な言動は無教養の証拠である。仏法でも「賢いのが人間であり、愚かで、はかないのは畜生である」とされている。これから新しい世界に進みゆく皆さんは、どうか、春の光のような伸びやかな心で、また、春風のようなさわやかな振る舞いで、よき人と、よき触れ合い、よき出会いを幾重にも広げていただきたい。
キルギスの伝説 ─ 忘恩への怒り
さて、アイトマートフ氏の『白い汽船』は、キルギスの森に住む少年の物語である。幼い日に両親が町へ去ってしまったため、少年は祖父に育てられた。少年は、かなたの湖に浮かぶ白い汽船を、山の上から双眼鏡でながめるのが好きであった。彼の夢は、魚になって、あのはるかな白い汽船のところまで泳いでいくことであった。
「あの船には、きっと父が乗っているにちがいない」と、少年はいつも思いをめぐらしていた。
ところで、このキルギスには美しくも悲しい、こんな伝説があった。もともと、キルギス族の祖先は、「大角の母鹿」によって助けられ、育てられた少年と少女であった。しかし、やがて繁栄するにつれ、傲慢になった人々は、大恩ある鹿を殺し始め、そのため、大角の母鹿は怒りと悲しみのうちにその地を去ってしまったと。これが、少年が祖父から伝え聞いた伝説であった。忘恩は濁世の常なのであろうか。そんな、大自然のなかで山河と語り合いながら育つ少年の前に、ある日、三頭の鹿が現れる。深い色をたたえた瞳でじっと少年を見つめる母鹿。“あの伝説の鹿が潤卒もど言回回戻ってきた”
少年の、心は躍った。しかし、横暴な森の巡視長は、そうした少年の心を無残にもふみにじった。禁猟にもかかわらず、巡視長は、その鹿を殺し、食料にしてしまったのである。
人間の世界の何という残酷さ。憤りと悲しみに駆られた少年は、川岸へおり、かなたの湖に浮かぶ白い汽船を夢見ながら、水の中へと姿を消してしまう。非常に意味の深い「悲劇」である。この物語は、大きく言えば、地球の「平和」と「環境」を脅かす人間の無知と傲りを表現しているかもしれない。
創価小学校の卒業製作「環境展」
アイトマートフ氏は、つい先日、東京創価小学校の卒業生の皆さんの「環境展」にメッセージを送ってくださった。そこには「あなたたちが、この地球上に、自分にとっても、他の生命あるものにとっても一番すばらしい世界を築いてくれると私は深く信じています。あなたたちが、もっと賢い人間へと成長してくれることを私は深く信じます。そう信じていることを、私は私の親友の池田先生とよく話しました」と。
「賢い人間へ」、短い言葉の中に、大きな期待が込められている。どうか「二十一世紀の賢者」へと自分自身を築していただきたい。
『白い汽船』には、先ほども紹介したように、「大角の母鹿」の美しい伝説が描かれている。キルギスの人々の祖先とされ、人間と自然を常に温かく見守る、気高い、母なる鹿。
アイトマートフ氏は宇宙を包み「過去」と「未来」をもはるかに見渡す「壮大なる精神の力」を、「鹿」という一つの象徴に託したのかもしれない。
宇宙と語る「精神の力」とは何か。それは、この世界のなかで、自分が何者であるかを教え示してくれる「羅針盤」であり、人生を誇り高く生き抜くための「根っこ」であり、「原点」ともいえよう。心にこうした誇りの「根っこ」をもたない人は、すぐに何かに左右され、現実の波間を漂う人生となっていく。この小説で、少年たちをいじめ、更に鹿を殺してしまう陰険な森の巡視長は、まさにそうした人物として描かれている。彼は、皆が大切に守り伝えてきた「白い鹿の伝説」など忘れ去ってしまった。そして、自分の名誉が満たされない不満を嘆いてばかりいた。確かな“原点”がなかった。つねに、遠い「町の人間」のことが、気になってしかたがない。「町にさえ行けたら」「あっちじゃ地位をみて、自分をもっと大切にしてくれるだろうに ─ 」と。
「町の人間」をうらやましがり、嫉妬する卑屈な心。その一方で、少年や老人など弱い立場の人を見下し、バカにする冷酷さと憎悪 ─ 。そんな、自分に、誇りの「根っこ」のない人間は目がいつも落ち着かない。人より優れていると見られたくて、いつもあせっている。立場はどうであれ、人間としてこれほどの不幸はない。皆さんは、こうした卑しい“心の乞食”のような人間に、絶対になってはならない。また、そうした人々に負けてもならない。確固たる自分をつくることだ。“強く生きる自分”を、心に築いた人が勝者であり、賢者なのである。
アイトマートフ 今日より84
私(名誉会長)は現在、何人かの海外の識者と対話を重ね、「対談集」として世界に、また後世に残しつつある。その一人に、ソ連の作家アイトマートフ氏がおられる。氏と私(名誉会長)は、このたびの湾岸戦争にさいして、平和への「緊急アピール」を他の世界の識者四人とともに共同提案として発表した。氏は、「平和」と「人道」のためにともに戦う「同志」であり、「友」である。真実の「友情」は何ものにもかえがたい。
さて、対談は往復書簡も含めて続けてきたが、そのなかで私は「青春時代の精神の支え」について質問した。これに対して氏は、「池田先生にとっての戸田先生のような人生
の師匠の名前をあげるとはできませんが」とされながら、次のような忘れ得えぬ出会いを紹介してくださった。
全体主義は全ての個性を殺す氏の若き日、ソ連には「スターリニズム」という全体主義の嵐が吹き荒れた。詳しいことは、また勉強していただきたい。「全体主義」とは、アイトマートフ氏の言葉を借りれば"独裁者の一つの人格が、他のすべての個性を殺してしまう体制"のことである。
幾千万の人が自由を失い、人権を侵され、生命まで奪われた。当時は、肉親どうしの密告さえ日常茶飯事であり、恩人をも権力に売り飛ばすような卑しい人間が英雄視される“狂った時代”であったと、氏は振り返っておられる。
人間の基本の権利である「言論の自由」「表現の自由」を奪われた暗黒の社会である。犠牲者は数しれない。いつの世も、大なり小なり、こうした悲劇が人類史の宿命的な流転と言えるかもしれない。
スターリニズムの嵐のなかで、革命家であったアイトマートフ氏のお父さんも弾圧に遭い、処刑されてしまう。悪しき「権力」が栄える時代は悲惨である。「正しき人」「真実の人」が勝つ社会を、断じて築かねばならない。当時、氏はまだ九歳。お父さんは、どこに葬られたかもわからない。家族は辺境の村に逃れ、ひっそりと隠れ住まねばならなかった。その農村の学校の先生が、ある時、アイトマートフ少年に語りかけた。その言葉を、氏は決して忘れず、生涯の「宝」としておられる。それは。「お父さんの名前を口にする時に、決して目を伏せてはいけないよ」との一言であった。当時の氏にとって、殺された父親のことは考えるだけでも恐ろしいことであった。
口にするなど思いもよらなかった。しかし、その先生は、.信念に生き、信念に殉じた父のことを「誇りとしなさい」「堂々と恐れなく、胸を張って語っていきなさい」と、力強い励ましを贈ってくれたのである。「今になって、その時の先生の言葉の深い意味が、よくわかります」と、アイトマートフ氏は、述懐しておられる。
教育者の一言が、どれほど大切か。「先生は私に勇気を与え、常に人間であること自らの人間としての尊厳を守ることを教えてくれました」ここに、ヒューマニズムのために戦い続ける氏の一つの“原点”がある。
「 目を伏せてはいけない」 ― 。まことに含蓄深い言葉である。だれびとも平等の「権利」をもつ「人間」である。その「尊厳」さに何の差別もない。
アイトマートフ氏とは、対談集の題を『大いなる魂の詩』とすることで意見が一致した。皆さまも、だれびとにも侵されない、何ものにも汚されない、自分らしい「大いなる魂の詩」を、この青春と人生に、綴っていただきたい。
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