アメリカ独立運動の一視点 ルネサンス7
これは以前、ハーバード大学のナイ教授とも語り合ったことだが、「なぜ若きアメリカが強大な大英帝国の圧迫をはね返し、大いなる自由を勝ち取ることができたのか」 ─ 。 それは一次元から論ずれば、「大学があったからである」といわれる。すなわちアメリカの自由は「大学の勝利」であり、「教育の勝利」であったというのである。
一七七四年、ボストン港が閉鎖されるなど、当時まだ“植民地人”の立場にあったアメリカ人の自由と権利が、次々に侵害されていった。いわば「植民地人のくせに、生意気にも本国の権威を否定したり、無視したりすれば、必ず処分するぞ」という脅しがかけられたのである。そうしたなかにあって、誤った情報に操作されて、そのまま、本国の権威に従おうとする無知な人々もいた。
しかし、この時すでに東部の四つの植民地だけでも、ハーバード大学をはじめ二千人を超える大学卒業者が、各地に散らばっていた。この大学出身者たちが大きな核となって、「自由への、のろし」をあげたのである。戦いに必要な結合(団結)も、英知も、忍耐も、彼らのリーダーシップによって生みみ出された。“もし大学から発せられるこの教育の光がなかったならば、本国相手の不利な戦いには決して勝てなかったであろう”と、当時のあるリーダーは回想している。
“権威に屈してはならない。負けてはならない。そのためにも「知の力」「教育の力」で不当な圧迫に打ち勝つことが、「人間の勝利」の証である”。かつて新大陸に上陸したばかりの苦労の連続のなかで、未来を見つめてハーバード大学を創立した、開拓の父たちの確信は、こうして一つの結実を見たのである。今や、創大生には、多くの民衆が大きな注目と期待を寄せている。どうか、諸君もまた力強き「勝利の原動力」であっていただきたい
と同時に、この独立運動を通して、人々の精神(エスプリ)は大いなる上昇を遂げた。戦えば戦うほど、こんなにもと思うほど力と知恵がわき出てきた。青年たちは本国との論争のなかで大いに雄弁を磨いた。 また、もったいぶった国王の宣言なども鋭いユーモアでパロディー化(戯画化)した。権力のあせりや、あがきを、楽しく笑いとばしながら、青年は戦い続けたのである。 このアメリカ革命の時代を生きた、ある歴史家は、こう分析している。
「人間精神がいまや教会と聖職者の弊害を論じはじめたこの時代は、理性がようやく人間の権利の意味を悟り、人間の勇気が専制権力に対してはじめて制限を課そうとしている時代なのである」「そこ(アメリカ)では、すでに人間の尊厳とは何であるかが知られていた。したがって、イギリス政府がその人間の尊厳を侵そうとしたとき、すべて移住者からなるアメリカ人は、この悪意に満ちた試みに反対して起ち上る以外にはなかったのである」(ギローム・T・F・レイナール「アメリカの革命」斎藤眞訳、研究社刊『アメリカ革命』所収)と ─ 。
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