アンドレア・シェニエ

Top Pageへ

 アンドレア・シェニエ 今日より4  
 さて「ある晴れた五月の日のように」の歌は、フランス革命に殉じ、「ロマン派」の先駆ともなった詩人・シェニエ(一七六二年〜一七九四年)を主人公とするオペラ「アンドレア・シェニエ」の最終幕で歌われる、大変に有名な歌である。シェニエは、古代ギリシャの大詩人を彷彿とさせる豊かな詩才に恵まれ、「正義」と「美」を愛する純粋な青年であった。彼は、「自由」「平等」「友愛」の精神に共鳴し、「人権宣言」の原理を奉じて新し き時代を開かんと、フランス革命に身を投じた。この「人権宣言」は、昨秋以来、各地で開催されている「フランス革命とロマン主義展」で実物が展示され、ご存じの人もいると思う。  
 やがて革命は成功した。しかし一握りの新指導者達が権力を乱用しはじめ、残忍な恐怖政治の嵐が起きる。これに対しシェニエは、革命の本来の理想を守り抜くため、勇敢にペンをもって立ち上がった。「正義の仮面」をかぶり、民衆を抑圧し、次々に生命を奪っていく「凶暴な精神錯乱」の支配者を、彼は断じて許せなかったのである。シェニエは青年らしく戦った。令状もなしに逮捕され、牢獄に入れられても、決してペンを折らなかった。自らのまわりにいる不幸な人々への憐懲、また思いあがった権力者達への怒りを込めて、彼は、次々に詩をつづっていった。
   
 しかし、シェニエは、権力の策謀によって、暴動の罪を捏造され、三十二歳を前にした若さで断頭台に送られてしまう。この「ある晴れた五月の日のように」という歌は、オペラの中で、処刑を目前に控えた獄中のシェニエが歌う辞世の歌なのである。
   
 すなわちシェニエは、“死”を眼前にしながら、その胸中には、「詩の女神」の慰めと励ましを確かに感じとっていた。死の恐怖にも侵されない永遠なる詩魂の源泉。それはまるで「ある美しき五月の日」の「そよ風」と「光」のようにやさしいと ― 。そして彼は、高らかにこう歌う。私は今、生涯の最も高い頂を登っている。きっと私の詩の最後の一行が、終わろうとするよりも早く執行吏が生の終焉を私に告げるでしょう。よろしい!私にとっての最後の詩の女神よ! ― あなたの詩人に燃え上がる理想と変わりない情熱の炎を与えたまえ!  
 この叫びの通り、「燃え上がる理想」と「変わりない情熱の炎」を抱いて、詩人は若き生命を燃焼し尽くして生き、そして死んでいった。この鮮烈なる生死の姿に、汚れなき「青春の魂」の精髄がある。  
 ともあれ「偽善」と「欺踊」の恐ろしき権威は、無事(無実)の詩人シェニエを、抹殺せんと画した。彼らは鉄面皮にも、詩人を“人民の名において”取り調べた。そして“人民の敵”との正反対の烙印を押し、投獄した。このように悪は、大抵の場合、見ばえのよい正義の「仮面」をかぶっている。  
 しかし、シェニエは歌っている。「牢獄の壁が重くのしかかっても私は希望の翼をもっている」と。いかなる迫害をもってしても、詩人の魂の翼を折ることはできなかった。牢獄という最悪の環境でさえも、詩人の高通なる精神の飛翔を抑えることはできなかった。いわんや「信心の魂」は、もっと深い。もっと永遠性のものである。苦難の“壁”が四面を包み、重くのしかかればかかるほど、大いなる希望の青空を胸中に限りなく広げていける力をもっている。  
 シェニエは生前、詩を十分に発表することもできず、全く無名の詩人として短い生涯を閉じた。彼の詩集が発刊されたのは、実に、死後二十五年も経てからである。しかし発刊とともに、その詩はビクトル・ユゴーらロマン派の詩人達に熱烈に迎えられ、深い影響を与えた。今日、シェニエの名は、フランスにおいて「十八世紀の時代精神を表現した最高の詩人」として、また同時に「十九世紀における詩の復権を準備した先駆者」として、不滅の光彩を放っている。まさに、苦難に屈せぬシェニエの希望の翼は、限りなく陸続と続きゆく青年に受け継がれ、世紀の大空を見事に羽ばたいていった。その光景が私(名誉会長)には眩く思えてならない。  
 この事実ひとつ見ても、一時の時流に乗り、華やかさのみを追う青春が、いかに空虚であり、はかないか。反対に、地位も財産も名誉もいらぬ、ただ崇高なる理想に生きんと戦う青春が、いかに多くの青年の魂を揺り動かし、時を超えて永遠の輝きを得ていけるか。そのことが諸君の胸にも迫ってくるにちがいない。
 しかし、誇り高き魂は弁解しない。いちいち反論することもない。なぜか ― 。そうした卑しい人間を相手にすれば、自分自身を同じ低次元にまで下げてしまうからである。シェニエも、また、そのことをよく知っていた。彼がギロチンで処刑されたその日、衣類などの遺品の包みに隠されて、最後の日々の獄中詩が、ひそかにシェニエ家に届けられた。  
 その中に、次のような一節がある。  
 「茶化し屋どもにかかったら優雅貞淑能弁な美しいお方が陰口の的になるのは知れたこと」  
 人のことをあげつらってばかりいる人間は、所詮、どんな立派な人のことをも悪口するものである ― と。ゆえに「あなた方があの不潔な男を」「気高いお口に似合わない雑言ずくめで罵ったらそれこそ彼らの思う壷です」「連中とあなた方では言葉が違う。彼らの真似をしたもうな」と続けている。  
 くだらない悪口など、放っておきなさい。同じ低次元にまきこまれては、彼らのねらいに乗ったことになる。誰が何といおうとも、自若として、わが魂の気高さを守りぬけば、それでよいのだ、と。シェニエの遺言とも受けとれる痛烈な詩句である。

 


 

Top Pageへ