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アンドレ・マルロー
私(名誉会長)が、ともに対談集を発刊した一人に、フランスの「行動する文化人」アンドレ・マルロー氏がいる。その良き伴侶であり、同志であられるマドレーヌ・マルロー夫人から、学会の創立の日を記念して、氏の直筆である貴重な手稿をいただいた。珠玉の文化の至宝である。
これは、フランスの歴史に残る雄弁家であったマルロー氏が、第2次世界大戦後の激動の時代に行った演説のためのメモである。
当時、氏は、ド・ゴールが結成した「フランス国民連合」の広報責任者として活躍していた。
その氏が“フランスのより良き未来を開こう”と、烈々たる雄弁で、精神(エスプリ)の結合を訴えたのが、この不滅の演説である。
1948年(昭和23年)の4月26日、パリの庶民の公会堂として有名なジャピー講堂で行ったものと推定される。
この手稿には、マルロー氏の叫びが凝縮されている。
「いかなる偉大な業績も、ごくわずかな不撓の人々によって打ち立てられるものである。他の者たちは、なんとかなるだろうと考えている」
胸を揺さぶらずにはおかない師子叫である。
さらに、氏は、こう続ける。
「我々は、変革を成し遂げなければならない。希望と不屈の意志によって。民衆の連合には、多くの人々を結合せねばならぬ。成功するためには、なおさらである」
そして、氏は、同志たちに感謝をこめて、次のように呼びかける。
「あなた方は、大変なときに、母国の正義を守り抜いた」
「フランスの再建が実現した暁には、きょう、この場 ― ジャピー講堂に集った、あなた方のおかげであると讃えられるであろう。雪の中でも、(我々の主張を訴える)新聞を売っていった、あなた方のおかげであると」
この氏の言々句々は、そのまま、平和と正義と人道の「精神(エスプリ)の戦い」を貫く創価の同志を絶讃する言葉となって、私の胸に響いてならない。
今年は、私(名誉会長)がマルロー氏と最後に対談を行ってから30年になる。〈語らいは、対談集『人間革命と人間の条件』に結実(聖教ワイド文庫に所収)〉
氏は、ナポレオンに魅了されていた。私との対談でも、ナポレオンの話題になると、あの鋭い眼光をひときわ輝かせておられたのを思い出す。
現在、八王子の東京富士美術館で行われている「栄光の大ナポレオン展」では、氏が編纂した『ナポレオン自伝』(小宮正弘訳、朝日新聞社)の中の言葉が、いくつも紹介されている。
文化の業績に焦点を当てた、この展示の模様を知られたら、今は亡き氏が、どれほど喜んでくださることであろうか。
ナポレオンは言う。「仕事こそ私の本領とするところだ。私は仕事をするように生まれついているのだ。私は自分の足の限界は知っていた。眼の限界も知っていた。しかし仕事となるとその限界はまるで知らなかった」(『ナポレオン自伝』から)
この言葉を、私は、広宣流布の英雄の皆さまに謹んで捧げたい。
あわせて、ナポレオンが、数々の誹誇に対して昂然と言い放った言葉を、わが青年部に贈りたい。
「真実は雲を貫き、太陽のように輝く。太陽のように、真実は不滅なのだ!」(ラス・カーズ編、小宮正弘択『セント・ヘレナ日記抄』潮出版社から)
若きナポレオンが世界史の表舞台に彗星のごとく登場した時、彼の行くところ、「前進、また前進!」の、みずみずしい息吹があった。戦いが窮地に陥ると、自ら先頭に立って、皆を鼓舞し、勝利を切り開いた。
「私とともに進め!私の後に続け!」と。
戦いを終えると、彼は陣地を回って兵士たちをねぎらい、負傷兵をいたわり、皆と一緒に休んだ。皆と食事も一緒に分かち合った。兵士たちは、そんな彼を「小伍長」のあだ名で呼び親しんだ。そこには上下という意識はなかった。古い権威や、虚栄とも、無縁だった。
愛する祖国を守り、フランス革命の理想を確立しよう。そういう思いに、皆が燃えていた。
第1次イタリア遠征では、兵士たちの「ラ・マルセイエーズ」(フランス国歌)の晴れやかな歌声が、アルプスの山々に響きわたったという。しかし、やがて、ナポレオンの隊列から、こうしたみずみずしい息吹も、一体感も失われていく。
ナポレオン自身が戦場を駆けめぐり、すべてを自分で判断して、細かく指令を出していた時は、まだよかったが、軍隊の規模が大きくなると、ナポレオンの目も全軍に行き届かない。
だからこそ、「ナポレオンなら、どうするか」「ナポレオンの考えは、こうである」と自分の頭で考え、行動する「不二」の人間が必要だったのである。
しかし、ナポレオンの命令通りに動けば勝利が手に入った将軍たちは、いつしか“自分で判断すること耕できない”“指示を待って動く”という官僚主義に陥ってしまった。組織が硬直化していった。これが、ナポレオンの行き詰まりの大きな要因となった。
ナポレオンの栄光は、わずか20年であった。100年、200年と栄えていく組織をつくることが、いかに至難の事業であるか。(創立75周年記念本部・海外最高協議会でのスピーチ)
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