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アントン・ドンチェフ、『別れの時』 今日より84
ブルガリアを代表する現代作家、アントン・ドンチェフ氏に、『別れの時』という小説がある。
さて、この『別れの時』・は、ブルガリアがオスマン帝国の圧政のもとにあった一六六八年、ロドピ山中の谷エリンデニャの村々が滅亡させられた事件を扱った有名な歴史小説である。当時、オスマン帝国の強大な勢力は、ブルガリアの位置するバルカン半島から西アジア、北アフリカにまでおよんでいた。また、オスマン帝国によるブルガリアの支配は、十四世紀末から二十世紀初めまで、実に五百年間にもわたった。
物語の舞台となった村々。緑の草原が広がり、椛の木の森に包まれ、桜も花咲く美しいこの村にも、オスマン帝国の軍隊が侵入してきた。
彼らは、純朴な村人に、イスラム教への改宗を、期限をつけて強要する。改宗を拒否した者たちは「杭に串刺し」「蟻塚に生き埋め」「蜜をぬってはりつけにし、ハエにたからせる」「生皮をはぐ」などの残酷きわまりない極刑に処せられた。その描写は、凄惨な歴史の悲劇を克明に伝えている。
卑屈な羊は群れから離れない
ところでこの小説では、民衆が戦いを挑めば相手を駆逐できるチャンスが、一度ならず、あったことを指摘している。もとより、責められるべきは、弾圧者であることは、言うまでもない。しかし、民衆が反撃可能なチャンスをみすみす捨て去り、その弾圧を許してしまったことも見逃せない。人間として、戦うべき時に戦えない“羊”のような善良さは、結果的に悲劇を増幅させてしまう。物語の中でオスマン帝国の横暴な隊長は、次のようなことをうそぶいている。一頭の羊が歩きだす方向へほかの羊もついていく。おまえは羊を一頭、群れから引き離そうとしたことがあろう?たやすいことか?むずかしい。ほかの者たちから何と言われるかこれがやつらには辛いのだ」(『別れの時』、松永緑彌訳、恒文社刊)
人間もまた同じだと言うのである。権力の傲慢を絵にかいたような言葉であるが、一方、周囲の目ばかりを気にして、自分を見失い、結局、傲れる者に卑屈に隷属してしまう大衆の脆さを鋭く突いている。今日、ブルガリアの国章には「獅子」が使われ、民衆のシンボルとなっている。それは、オスマン帝国の支配下での痛恨の歴史とも深く結びついているように思えてならない。
この小説の主人公である、羊飼いの親方マノールは、冷酷な隊長に、最後まで挑み戦う。屹立した信念の勇者、すなわち獅子の叫びは、人々の魂を揺さぶり、良心を目覚めさせていく。彼の姿を見て、改宗者のフランス人貴族は心の中でこう語る。「わたしはおぬしに感謝している、マノールよ、おぬしの背丈から、わたしは人間がどれほど崇高でなければならないかわかったからだ。そしておぬしのそばに並び立とうと努めるうち、己れのねじ曲がった背と己れのねじ曲がった魂を、しゃんと伸ばしたからだ。ただ生きるということのほかに人間らしく生きるということがあることも、おぬしが教えてくれたからだ」(前掲書)
一人の勇気ある行動の触発こそが、第二、第三の獅子を生む。いかなる名誉や地位の人も、すべてを、かなぐりすてて「我が道」をいく庶民にはかなわない。先ほどのジェレフ大統領も、二十代の時の学位論文が“レーニン主義に反する”と決めつけられ、首都ソフィアから追放される。以後、約二十年間も「冬の時代」を送られている。その「冬の時代」に何を考え続けていましたかと私が質問したところ、大統領は一言、「それは常に自分の信念に忠実であること、自分の信念と反することには決して妥協しないということでした」と淡々と語っておられた。獅子の風格を、私は感じた。
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