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エリオット博士とパーキンス博士 |
エリオット博士とパーキンス博士 横浜は、2009年に開港150周年の佳節を迎える。日本における「近代西洋歯科医学」の発祥の地も、ここ横浜であった。横浜に渡来した外国人医師たちが、この地で初めて近代歯科医学を日本に伝えたのである。 そのなかで、アメリカ人医師のエリオット博士は、現在の神奈川文化会館の敷地の側に歯科診療所を構え、後に、パーキンス博士が引き継いだ。二人は、診療のかたわら、日本人の門下生たちを育成する。そこから、さらに多くの人々に継承され、今日の日本の歯科医学の基盤が築かれていった。 この近代歯科医学における「師弟の継承劇」の原点である二人のアメリカ人医師を顕彰したのが、この記念碑なのである。 エリオット博士の最初の弟子となった青年は小幡英之助であった。小幡青年は、必死で、師の日々の仕事を支えながら、一層の語学力の向上に励んだ。その小幡青年の姿に、それまで日本人に好印象を持っていなかった博士も心を動かされ、真剣に応えてくれるようになった。 博士は寸暇を割いて原書を開き、西洋歯科医学の学理を、小幡青年のために教授した。小幡青年もまた、博士の貴重な助手へと成長していった。この師弟が共にしたのは、約2年間とされる。師は、小幡青年と別れるに当たって、彼の独立開業のため、診療の器械をアメリカに注文するなど、あれこれと心を配った。 小幡はこの師への恩を、生涯、忘れなかったという。そして、日本初の歯科医師免許を勝ち取り、近代日本の歯科医師の草分けとして活躍していった。 私は、わが国の近代歯科医学の草創にも、美しい師弟の劇があり、語り継がれていることに、深い感慨を禁じ得ないのである。 (ドクター部代表協議会、2006.1.23 聖教) |
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