ルネサンス47
そして会見が行われた大統領府(モネダ宮殿。建設当初、造幣局だったため)自体が、「暴力」と「文化力」がせめぎ合いを演じた激動の舞台だった。
一九七三年九月、軍事クーデターにより空爆を受け炎上。当時のアジェンデ大統領も犠牲となった。今も壁面には当時の被弾のあとが、塗り込めた上からうかがえる。
軍政末期、人々は、強いられた沈黙に耐えながら、あるときは大統領府の前で、あるときはアルマス広場やリベルタ広場で、オヒギンス分園で、集会場やラ・コメディア劇場で、抗議の声を上げ、抵抗の歌を歌った。
民衆の希望を抑えつけた者は/倒れるだろう/自ら汗も流さずに民衆のパンを食べた者は/倒れるだろう/自分が求めた暴力によって/倒れるだろう/そして民衆は立ち上がるだろう/畑に昇る太陽のように
(ヌエバ・カンシオン〈新しき歌〉の代表者、ビクトル・ハラの歌。ハラは、クーデターの際、逮捕され、拷間のあと銃殺された)
地方にいたネルーダも、クーデターによって、サンティアゴの自宅を襲箪され、ガンに病む体に強いショックを受け、十二日後に死亡。葬列は民衆の抗議デモと化した。
「おれは民衆のために書くのだ」 「いつかおれの詩の一行がかれらの耳にとどくだろう/そのとき労働者はその目を上げるだろう」「『これは同志の詩だ』と」(ネルーダ「大いなる喜び」)
「長い夜は明け/呪縛は解き放たれた/民衆の喚声やクラクションは空に充ち/旗を振り肩を組み歌い踊る/歓喜の人渡は伸をうねり/祝妻は夜通し繰り広げられた」
「全てのチリ人の大続領となった人は/市民に語りかけた/詩のごとく音楽のごとく/人々の魂を和らげる哲学を/希望と平和のメッセージを」
大統領 私を詩にうたっていただくとは ─思ってもみませんでした。心から感謝いたします。護んで、読ませていただきます。
会長 私はチリの人々の魂の歴史を、後世に残しておきたいのです。
チリ人権委員会によると、軍政下での処刑者は二千五百人、流刑者は二千二百五十二人、不法逮捕者は十六万七千七百三十四人、「消えてしまった人」(行方不明者)は九百十一人、亡命者(七三−八二年)は三十方人。
夫を虐殺された妻、父母を失った子供―エイルウィン大統領は就任にあたって、軍政期の人権は「国家精神に大きな日を閉けた傷であり、我々が誠実と正義という基本のもとに共に進むとき、はじめて癒せるものである」と語った。
輝き14
このほど、チリ共和国の哲人指導者エイルウィン前大統領と私の対談集『太平洋の旭日』が、ほぼまとまり、いよいよ発刊の運びとなった。本日(九七年九月二十五日)は、遥かなる“太平洋の隣人”チリと日本が修好を結んでから、ちょうど百周年に当たる。きょうの意義深い佳節を“心と心を結ぶ一書”で飾ることができ、私(名誉会長)は大変に、うれしい。〈名誉会長は、世界平和と両国の友好交流に尽くした功績に対してチリ共和国から同国最高の「功労大十字勲章」を、また首都サンティアゴ市から「輝ける賓客章」を受章している〉
チリでは、一九七三年から十六年にわたって、残虐な軍の独裁が人民を支配し、弾圧した。冤罪(無実の罪)によって惨殺された人は二千五百人。行方不明者、つまり闇から闇へ葬られた人は千人。不当に逮捕された人は十七万人。亡命を余儀なくされた人は三十万人。何という悲劇の歴史か。日本も将来、そういう方向へ進まないとは、だれも言い切れない。そんな不幸な流れは、流れが小さいうちに、断じて、せき止めておかねばならない。チリの恐るべき軍政を打倒し、平和裏に民主化を成し遂げた中心者が、エイルウィン前大統領である。人類史の流れを大きく変えたリーダーシップと言えよう。
私は対談集の「前書き」に、こう綴った。「私は強大なる権力と戦った人を尊敬する。その代表的人物の一人である、青年革命児エイルウィン先生の人生行路を尊敬する。平凡な、そして実直な、波風を立てない人生を生きる人も多い。それはそれで立派な人生といえるかもしれない。しかし、より良き社会を、より良き未来を、より良き進路を創るため、生命を賭しての正義の戦いをしてゆく人を、私は深く尊敬し理解する」と。
正義を叫ぶのに遠慮はいらない
対談の中で、前大統領は数々の貴重な秘話を語ってくださっている。
例えば、一九八三年、圧政に立ち向かう国民の「独創的な抗議運動」が、どのようにして始まったか ― 。言うまでもなく、当時は、抗議の集会を行えば、ただちに解散させられ、参加者は逮捕された。陰湿なる権力の妨害や脅かしに絶えず、さらされていたのである。その中にあって人々は、あらかじめ決めておいた日の夕暮れ時に、家々の戸口や窓や中庭で、鍋や釜やヤカンなどを、いっせいに思いつきりたたいて、三十分から一時間ほど大きな騒音をたてた。暮れなずむ町に、にぎやかな金属音を鳴り響かせて、「庶民の怒り」をアピールしていったのである。知恵である。庶民の知恵であり、勝つための知恵である。私どもも叫ぶべきである。にぎやかに、朗らかに、民衆が“本当の思い”をぶつけていく時、時代は変わる。正義を叫ぶのに、遠慮はいらない。遠慮は悪である。
戦いの鐘を打ち鳴らす ― この行動の一回目の参加者は、わずかであった。しかし数日後、再び鳴らした時は、多くの人たちが加わった。民衆の「知恵」と「勇気」、そして「団結」の偉大なる第一歩であった。こうしたエネルギーが、さらに強く大きく高まって、やがて一九八八年、世界に名高い歴史の日を迎える。ついに国民投票で、軍事政権に対して厳然と「ノー!」を突きつけたのである。「独裁は認めない!」と。見事な「民衆の勝利劇」であった。
「自分の人生を何のために?」
対談集で、エイルウィン前大統領が淡々と語られる哲学は、じつに味わい深い。そのひとつに、こうある。「自分の人生は、なんのためにあるのか?」「私の答えは、明快です。私たちは“仕えてもらうため”にいるのではなく、“仕えるため”にいるのです」と。その通りである。民衆に「仕えるため」に指導者がいるのである。それが反対になって、民衆を指導者に仕えさせる時 ― 社会の不幸は始まる。
また、前大統領いわく、「私は、人生はつねにこれからの作業、自らの天命を果たす永続的な挑戦の場ととらえてきたといえるでしょう。私にとって、その天命とは、正義という言葉に要約されます」。つねにこれから ― 戸田先生も、よく言われていた。「人生は、永遠に挑戦であり、永遠に闘争である」と。ゆえに「最後の勝利」が「真の勝利」なのである。
エイルウィン氏が重んじる「指導者の要件」とは何か。
その一つは、「つねに真実を語ること」である。ここに氏の偉さがある。氏は、「嘘」を徹底して嫌う。情報を操作し、嘘で塗り固めた軍事政権の人権蹂躙を、氏は次々と暴き出していった。真実を白日のもとに、さらしていった。
嘘は暴力の控室、嘘こそ民主の敵
前大統領いわく、「嘘がまかり通っているところには、家庭においても、国内でも、国際共同体においても・友好的な共存は存在しないのです。嘘は不信を招きます」「不信感は憎悪を招き、憎悪は暴力を招くことになります」
また、いわく、「嘘は暴力に至る控室です。『真実が君臨する』ことが民主社会の基本なのです」と。
「権力の横暴に沈黙する」臆病
エイルウィン氏は、日本の国家主義化を深く危倶しておられる一人である。日本では、権力の横暴に対して、知識人が沈黙する ― その点にも言及しておられた。権力を批判している格好の人でも、自分の身に迫害が及ぶところまで言う人は、ほとんどいない。臆病である。その結果、欺かれ、権力の犠牲となるのは民衆である。氏は言う。「そのような権力が、日本を悲惨な軍国主義に導いていったのと同じような性格をもった政治の中で、再び台頭してくることはあるまいか、ということを危倶します」と。
だからこそ、氏は繰り返し、繰り返し、「正義の連帯である創価学会」に深い信頼を表明されるのである。こういう偉大な知識人即政治家が、世界にはいることを忘れないでいただきたい。
対談集では、「環太平洋時代の展望」や「冷戦後の新たな国際秩序」、また「教育の指標」「青年への期待」、さらに「人権の理念」「環境の保護」など、多岐にわたって論じている。後世のために、二十一世紀の指針となるよう、私(名誉会長)も真剣に取り組んでいる。
輝き16
民衆がどれほど偉大な力を秘めているか。これについて、チリのエルウィン前大統領との対談集『太平洋の旭日』(河出書房新社)でも語り合った。
チリに民主化をもたらした一九八八年の国民投票。それは、もともと軍事政権が自ら決めたものであった。というのは、権力者たちは、マスコミを抑え、巨大な権力を振りかざすことによって、国民に「軍事政権賛成」の投票を強要できると思い込んでいたのである。はなから、民衆を愚弄していたわけである。
「ならば、その敵の土俵の上で、堂々と軍事政権を打ち破り、平和裏に民主主義を取り戻そうではないか!」
―そう最初に声をあげた勇者が、エイルウィン前大統領である。
「国民の週半数は、独裁を終わらせることを願っているのだから、私たちの呼びかけに応えてくれるはずだ!」と。
しかし、多くの仲間は、“どうせ勝てっこない”“幻想にすぎない”と冷ややかに笑った。彼らは口々に言った。
「国民投票とは、独裁者たちがその体制を表面的に整えるための手段である。これまでの歴史で、国民投票に負けた独裁者などいたか?」
「国民投票に参加するのは、敵の思うつぼだ」―と。
しかし、エイルウィン前大統領は、あくまで民衆を信じ、ひたすら民衆に向かって叫び続けた。「恐怖と、諦めを乗り越えよう!」。恐れるな。諦めるな。そんな弱い心は、たたき出してしまえ!この獅子の声が民衆の心を一つにしていった。
そして、目覚めたチリの民衆は、陸続と選挙人登録を行い、自らの権利を行使した。軍事政権の国家主義へ「ノー」の一票を、次々に投じていったのである。
民衆を信じる。民衆の賢さと智慧を信じる―この前大統領の一念から、偉大なる「民衆勝利」の歴史が回転していった。
輝き33
哲人政治家との対談集
チリ共和国のエイルウィン前大統領は、「哲人政治家」として世界的に知られている。スケールの大きな指導者であられる。私も親しくさせていただいている。チリを訪問した折(一九九三年)、荘重な大統領府(モネダ宮殿)で語り合った。背が高く、ものごしの柔らかな紳士であられる。
はじめてお会いしたのは東京(九二年十一月)。その時は、短時間の出会いであったが、信念は共鳴し、「対談集」を編みたいという話になった。完成した『太平洋の旭日』(河出書房新社)は、少々、表現が難しいところもあるかもしれないが、前大統領も大変に力を入れてつくってくださったものである。対談で、前大統領は、「民主主義の信念」を強く、こう語ってくださった。政治家たるものは、「公共に奉仕する」精神をもっていなければなりません。民衆に「奉仕される」ために政治家がいるのではなく、民衆に「奉仕する」ためにいるのです。政治家に限らず、すべての人は自分に問うべきです。「自分の人生は、なんのためにあるのか?」と。遊ぶためか、欲望を満たすためか、それとも、人々に奉仕するために、今、ここにいるのか?私の答えは、明快です。私たちは"仕えてもらうため〃にいるのではなく、"仕えるため"に、いるのです!こう言われたのである。これが学会精神でもある。指導者は、民衆に仕えてこそ指導者である。「人にやらせよう。自分は楽をしよう」と思ったら指導者失格である。とんでもないことだ。「民衆への奉仕」こそ、学会の永遠の哲学であると申し上げたい。
人格の鍛えがないと、必ず腐敗
権力を「目的」にすると堕落
前大統領は、こうも言われた。「権力は人々を『善』に近づけるためにあります。『悪』に近づけるためではありません」。権力は、善いことをするための「手段」にすぎない。「道具」にすぎない。それなのに、権力それ自体を「目的」にするから、理想が捨てられてしまうのだ、と論じておられる。
権力は、なぜ腐敗するのか?エイルウィン氏は言う。権力は、特権を与えます。「閣下」とか「先生」と呼ばれて、特別扱いを受ける。日常生活でも、一番いい位置を占め、特別なサービスや恩恵を受けて、多くの人が、もてはやしてくれる。一方、自分に不利な事実や情報は、隠されたり、歪曲して自分に伝えられる。それで、自尊心をくすぐられたり、虚栄心をあおられたりするのです ─ と。権力者は、おせじを使われて、耳ざわりのよいことしか聞かされない。だから厳しく言う人がいないと、自分で自分がわからなくなってしまう。自分は偉いと錯覚してしまう。「もし政治家が人間としての謙虚さや人格的な強さをもっていないときには、このような環境におかれることにより、本来の大きな理想をなおざりにしたり、忘れてしまったり、また確固たる信念を揺るがしかねないのです」と。だから指導者には、「人間として」自分を高める"何か"が必要なのである。世界では、信仰をもった政治家が歴史に残る活躍をしている理由も、そこにある。氏は嘆く。「不幸にも、権力というものは、必然的に、おごりや堕落、権威主義をもたらすものなのです」と。氏は「権力の魔性」を見抜いておられる。
チリ前大統領の不屈の信念民衆が声を上げてこそ、民主主義
「民衆が賢明になるしかない」では、どうずればよいのか?こういう結論になった。「あなた(池田名誉会長)が適切におっしゃっているように、民衆自身が強く、賢明にならねばなりません」。そして「個々が、一人一人がかかわっている事柄へ大いなる関心をもち、参加することです」と。民衆よ、賢くなれ!権力を監視せよ!悪を告発せよ!遠慮してはならない!ということである。前大統領ご自身が、この信念で軍事政権と戦い、民主主義を勝ち取ってこられた。国民が政治家を監視し、注文をつけ、意見を言い、意見を反映させていくのが民主主義である。国民に何も言わせないというのは独裁政治である。我らは、この「民主主義の正道」を堂々と歩んでいきましょう。
輝き33
チリのエイルウイン前大統領との対談集(「太平洋の旭日」河出書房新社)を出すにあたって、私は「はじめに」を、こう書いた。「私は強大なる権力と戦った人を尊敬する。その代表的人物の一人である、青年革命児エイルウィン先生の人生行路を尊敬する。平凡な、そして実直な、波風を立てない人生を生きる人も多い。それはそれで立派な人生といえるかもしれない。しかし、より良き社会を、より良き未来を、より良き進路を創るため、生命を賭しての正義の戦いをしていく人を、私は深く尊敬し理解する。決して近視眼で、その人を観たくはない。また、遠視眼で観てもならない。つねに事実に即して正視眼で、その人物を、そして、その軌跡を深く掘り下げて観ていくことを、心がけてきたつもりである。過去の歴史において、偉大な善人が正当な評価を得られなかったことが多々あったであろう。小人物が誇大な策略の宣伝を使って善人になったり、大人物の虚像をつくり上げる場合も多々ある。それに対し正義の人が、高貴な善の人が、誠実な指導者たちが、陰謀と捏造と策略によって牢に入れられ、惨殺され、無念な死を遂げることもある。そして、また、そのような人たちが社会において大悪の烙印を押され、陰謀の歴史に、そのまま真実のごとく残され、綴られてきたことも多々ある。
「嘘は暴力に至る控室」
よく私の恩師は語っていた。『人間の妬みほど、恐ろしいものはない。人間の性ほど、怖いものはない。ゆえに、汝自身に力をつけよ。汝自身に悔いなき信念をもて』」と。また、ある哲学者の言葉を、忘れることができない。「人間が人間を裁く。しかし、人間は科学ではない。いかようにでも、悪の陰謀の連帯カあれば、人を陥れることは簡単である。ゆえに、正義の連帯を創る努力を、絶対にしなければならない」と。そしてチリ共和国のエイルウィン先生は、言われた。「嘘は暴力に至る控室です。『真実が君臨する』ことが民主社会の基本なのです」
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