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ルネサンス9
狂信者に殺された人間愛の巨人
名誉会長:マハトマ・ガンジーが、狂信的なヒンズー教徒に暗殺された背景については、どのようにお考えですか。ヒンズー教徒であるガンジーが、どうして同じヒンズー教徒から迫害されたのか。
博士(ラダ・クリシュナン):彼の“真意”が偏狭な人々には理解できなかったのです。一九四七年にイギリスから独立するさい、パキスタンがインドから分離しました。その時、パンジャブ地方等のイスラム教徒がパキスタンに移り、パキスタンのヒンズー教徒がインドに移動するという現象が起きたのです。“大移動”の中で、強盗や殺人も横行しました。この時、ガンジーはヒンズー教徒に対して、“兄は弟に対して優しくするものだ。大国は小国に優しくすべきである。ヒンズー教徒は優しく寛大であらねばならない”と主張したのです。
名誉会長:「上」の立場にあるというなら、その分「下」の人に優しくしなければならない本当に、それが人間性の世界です。
博士:二つ目の理由は、分離・独立する前のことです。ガンジーは、インドからパキスタンヘの経済的約束を実行すべきだと主張しました。これにはインドの指導者たちが反発しました。ガンジーはそれに対抗して、断食をしたのです。彼は“約束は守るべきだ”と 断じて主張しました。これが、「イスラム教徒の味方をするのか」ととられたのです。 第三に、当時、イスラム教徒とヒンズー教徒が互いに殺し合う状況にあり、ヒンズー教徒が多くいる地域ではイスラム教徒が被害にあい、イスラム教徒が多い所では、その逆でした。それを見てガンジーは、「ヒンズー教徒はイスラム教徒を殺してはいけない」と訴えました。これが狂信的なヒンズー原理主義者の反発をかったのです。「この男はヒンズー教徒にとってガンのような存在だ。彼はイスラム教徒の友人であって、我々ヒンズー教徒の友人ではない」と。
名誉会長:“魂の巨人”の衝撃的な最期。偉大だから標的になった。正義だから暴力者にねらわれた。人間主義だから狂信者には理解できなかった。マハトマの悲劇に私は、人間の歴史の宿命的な暗部を見る思いがします。本年、不幸な最期を遂げられたラジブ・ガンジー元首相とは、私もお会いしました。
博士:よく存じています。名誉会長は、故・ガンジー首相に長編の詩を贈られていますね私も読ませていただきました。二十五人ぐらいの集いで、朗読してさしあげましたし、ソニア夫人にも読んでさしあげました。大変感動されていました。
名誉会長:恐縮です。
博士:選挙運動中に暗殺されたわけですが、首相は高い支持率を得ていました。タミールの独立問題があり、首相はなんとか和解して、その問題を解決しようとしたのです。その態度は断固としたものであり、そのため、急進的独立派のテロ組織が首相を暗殺したという見方が主流です。
名誉会長:もし暗殺されなければ、再び首相になったと思われますか。
博士:もちろんです。議論の余地はありません。
名誉会長:よくわかりました。信念に殉じられたということですね。ところで、インドの本で、博士が“この一冊は”と言える名著は何ですか。博士インドは“亜大陸”とよば れる大きな国ですので、代表する本を一冊だけというのは難しいですが、一つはジャワハルラル・ネルーの『インドの発見』です。この本はインド文明の全体像を明快に伝え ています。二番目はアナンド・クマラスワミの『文明とは何か』という本です。一九四 〇年代に書かれた著作です。彼はスリランカ人ですが、インドに住んでいました。もう 一冊は、『インド文学のすべて』という本です。
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