ルネサンス98
ラジブ元首相のお母さんは、インドの第三代首相であるインディラ・ガンジー女史である。女史もまた、息子のラジブ元首相と同じように暗殺された。凶弾に倒れたのは、一九八四年のことである。〈享年六十六歳〉暗殺の危険は、女史に絶えずつきまとっていた。 しかし女史は最後まで、神々しいほどに毅然たる姿を貫いた。今回の写真展に肖像写真が展示されているが、その一端がうかがえる。
何があっても恐れない─これが幸福の根本である。何があっても厳然と前へ進む─これが人間の勝利の境涯である。低次元の批判や中傷を気にしたり、圧迫を恐れていては、一歩も前へ進めない。何も残せない。何であれ、本気で戦えば、ねらわれるのは当然である。 いわんや信仰の究極は殉教である。
「勇者であれ」と
女史は、自身の宿命を覚悟していたのか、暗殺される前・ラジブ氏と婦人ののソニア女史に、自分の葬式の段取りについて言い残したという。また、当時、十代の半ばであった孫のラフル少年に、こう語った。「私が死ぬときが来ても、あなたは勇者でありなさい。私は人生を生き切りました。なすべきことをすべてなし遂げ、できることをすべてやり切りました。だから私のために泣いてはなりません」
何と崇高な言葉であろうか。こういう決意で、民衆のために戦っている指導者が、今、どこにいるのか。
『私(名誉会長)の世界交友録』(読売新聞社)にも綴ったが、インディラ女史は、暗殺される直前の「最後のスピーチ」で語っている。「私が生きるか死ぬかは問題ではありません。生ある限り、私は使命に進みます。そして私が死んだなら、私の血の一滴一滴は、『自由』にして『分断されない』わが祖国を養い強める糧となるでしょう!」
民衆よ、「自由」を失ってはならない。悪人によって分断されてはならない。団結して前へ進め!そのために私はこの身を捧げましょう、という叫びである。この一念、この信念、この誇りをもって一生を綴った ─ 立派である。
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