ルネサンス48
カーネギーは助産婦も呼べないほど貧しい家に生まれたが、最後には四億ドルの資産をつくったという。今の価値なら、いくらになるか計算することも難しい。「かせいだ金は社会に返す」というのが、カーネギーの哲学であり、公共図書館に六千万ドル、教育制度改善に七千八百万ドル、その他、寄付の総額は三億六千五百万ドル。つまり毎日百万ドルずつ一年間寄付し続けたのと同じになったとされる。
「明るい性格」が財産 ところで、カーネギーの「勝利の哲学」はこうであった。「財産よりも、もっと尊いのは『明るい性格』だ。人間の心も体と同じだ。日陰にいるのではなく、日光の照る場所に移るべきだ。困ったことがあっても、笑いで吹っとばしてしまおう。さあ、日の当たる場所に出ようではないか」。
ルネサンス99
このほど、ニューヨークの「カーネギー・ホール」で、世界青年平和文化祭が行われた(六月十八日)。見事な文化祭であった。
「鉄鋼王」のアンドリュー・カーネギー(一八三五〜一九一九年)が、大改築の費用を出したので「カーネギー・ホール」と呼ばれる。
カーネギーは当時、「世界一の富豪」と呼ばれた。その彼が「成功の秘訣」として語ったことがある。それは何か。
彼は言った。「貧乏人の子どもに生まれること」であると。
それなら、私も≠ニいう人がいっぱいいる(爆笑)。
貧しいからこそ発奮する。貧しいからこそ努力する。ゆえに進歩する。勝利する。これが、彼の哲学であった。
自分の苦労で偉くなったのでなければ、「借り物の羽根を頭に飾って、威張って闊歩しているにせ者なのだ」(『鉄鋼王カーネギー自伝』坂西志保訳、角川書店)。
そんな、にせものに、だまされるな、と。
また彼は、青年に、こう説いた。
「諸君の精力と思考とを、自分の使命に集中させよ! なすべきことを、とことんまでやりぬけ。あらゆる改善をし、あらゆることに精通し、なすべき仕事を完璧にマスターせよ!」
彼は若いころ電報の配達人をしていた。その時も毎朝、だれよりも早く出勤し、町名を全部、暗記した。町の人の名前を必死に覚えた。
そういう一歩一歩から、たたき上げた人物だったのである。
一歩一歩を完璧に勝利して、その上に、彼の成功があった。
カーネギーは徹した。
どんな分野でも、中途半端はいけない。徹するのだ。そこからすべてが開けるのだ、と。
画家のレーノルズの言葉にも、こうある。(以下、サミュエル・スマイルズ著『セルフ・ヘルプ』から)
「ひとつのことに秀(ひ)でようとするならば、朝も昼も夜も、やる気になろうがなるまいが、一心不乱に打ち込み、工夫すべきだ。それは楽しみではなく、苦行なのだ」
また、詩人グレイは言った。「何かに打ちこむことこそ、人生の幸福である」
ある有名な宗教家は「人間は、錆びて腐るよりは、すり切れたほうがいい」と。
何もせず錆びていくより、行動し、与えぬき、貢献し抜いて生きていけというのである。またフランスのある哲学者は、「休息しよう」と言われて答えた。「休息なんて、あの世に行けば、永遠に休息できるではないか」(笑い)
「なぜ生きているうちに安息を求めるのか」と。有名な言葉である。
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