カルム 輝き13
緑の木々の中にあって、ひときわ鮮烈なピンクの光彩を放ち、小さな王冠のような花びらが、結集して輝いていました。その花の名前は、「カルミア」。ツツジ科の一種です。
なぜ、「カルミア」というのか?じつは、その名前には、荘厳なる師弟の栄光のドラマが、秘められています。すなわち、「近代植物学の創始者」であり、「花の王」とたたえられた、スウェーデンの大学者リンネが、愛弟子のカルムを永遠に顕彰するために、その名をとって、「カルミア」と名付けたのであります。つまり、師匠が、弟子のためにつけた名前なのです。十八世紀、リンネは、画期的な分類の方法を考案し、世界中の生物を命名し、体系化していくという、壮大な構想を掲げました。その師匠の偉大な理想を実現するために、多くの弟子たちが、使命に燃えて、勇んで世界の各地に旅立っていった。その一人として、若きカルム青年は、新天地アメリカへ向かったのであります。
二百五十年前のアメリカは、まだ独立以前の植民地の時代です。カルム青年の旅は、つねに、死と隣り合わせの、危険に満ちたものでした。いつ猛獣に襲われ、また病に倒れるかもしれなかった。しかし、若き魂は、師匠の期待に何としても応えてみせる、という大情熱に、みなぎっていました。
師弟の道に徹しゆく青春には、何も恐れはありません。そのカルム青年のモットーは、「経験によれ!憶測によるな!」でありました。
要するに、“観念だけでは、何も生まれない。まず行動だ!自ら動いて、新たな課題に挑戦し、そこから学んでいくのだ!”という心であった。ゆえに、若者は、生き生きと、未知の世界へ飛び込んだ。原生林を歩き、湖を渡り、川を下った。ナイアガラの滝にも行った。そして、多くの現地の人々と出会いを重ね、友好を結んでいったのであります。観察の対象は、アメリカの動植物の生態をはじめ、自然や経済、風俗や生活など、万般に及んでおります。カルム青年は、短期間に大変に多くの情報を収集しましたが、それは、その優秀さとともに、人格の力によるところが大きかったといわれます。つまり、開かれた心で、人々と語り、謙虚に、しかも熱心に、皆から学んでいこうとした。だからこそ、人々は、好感を抱き、進んで協力してくれたのです。また、この青年は、人を驚かすようなインチキや小細工の報告を嫌った。「ウソつきの報告者」にはなりたくないと心がけていた。その正直で率直な姿勢が、結局、信用を勝ち取ったのであります。このように、カルム青年は、「真剣」と「誠実」と「努力」で、友情を拡大しな がら、わが師匠の学識と思想を、新世界アメリカの人々に、確かに伝え、広めていった。とともに、着実に、幾千にわたる植物や動物、また鉱物の標本を、収集していったのであります。こうして約四年の旅を終え、カルム青年は、師匠のリンネのもとに、凱旋しました。命がけの遠征を、勝利で飾った弟子を出迎える師匠の喜びは、あまりにも大きかった。
さて、弟子のカルムは、アメリカから持ち帰った植物の標本の各種を、師匠のリンネに届けました。そして、新しい品種の植物を分類し、命名して、世界に発表するという大いなる栄誉を、弟子は、自分のものとせず、すべて師匠に捧げた。わが身の名声よりも、師匠の功績こそが、厳然と後世に残るようにしたのであります。それは、自分を育て、薫陶してくれた師匠への、恩返しだったのでありましょう。
リンネの大著『植物の種』の中で、北アメリカ産として挙げられている植物の約九十種は、弟子カルムが発見し、採集してきたものであります。師匠リンネは、このけなげなる弟子カルムの偉業を、永遠にとどめるべく、アメリカから運んできた植物の中でも、ひときわ輝く花を選んで、「カルミア」と名付けたのであります。
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