ルネサンス57
ハーバード大学コックス教授
“キリスト教は迫害されなくなって変質”
宗教も、原点を忘れるところから堕落が始まる。
コックス教授は述べておられる。
「すべての宗教は、ある意味で、(その時代の“正統”から外れた)『カルト(異端の閉鎖的教団)』として出発しているといえます。問題は、発展の過程で成熟を遂げ、思意深く、常識的なものになっていくかどうかです。
キリスト教も、ローマ帝国に流入したとき(紀元一世紀〜)、カルトとして迫害された。理由は、当時、ローマの習慣であった皇帝に犠牲(いけにえ)をささげることを拒否したため、不信をもたれたのです。そして不可解な思想をもつカルトとして迫害され、死にも追いやられた。
しかし、キリスト教徒は、迫害に暴力をもって抵抗することはしなかった。その生き方が、ローマの市民の共感を呼び、やがて社会に受け入れられるようになったのです。
ところが、皮肉なことに、キリスト教がローマの主流になると、今度は、キリスト教徒が、ローマに流入する他の宗教をカルトとして迫害するようになりました。
権力をもつことは危険です。権力は、必ず腐敗するものです。
ともあれ、人々は、未知なもの、不可解なものに対して、安易に、カルトのレッテルを張りますが、これほど意味不明の言葉もありません。
カルトと誤解される宗教に、私は深い同情を寄せます。私の祖先が信仰していたクエーカー(プロテスタントの一宗派)もそうでした。そして、不幸な誤解をなくすために、何よりも大切なのは『開かれた対話』です。
だから私は、池田SGI会長が大学で講演されたり、対話をされることを、大変、素晴らしいことだと思っております」
大切なのは「創造性」です。キリスト教が、当初の「カルト(異端的な閉鎖的教団)」のイメージを克服した経緯について、アメリカ・タフツ大学のハワード・ハンター教授(宗教学部長)は語っておられる。
「ひとつには、イエスの後継者のなかで、その教えを、民族主義的な思考の枠を超えて、より間かれた普遍的な視野で人々に説く弟子が現れた。その努力によって、ものごとを合理的に考える人々も含めた幅広い支持がキリスト教に寄せられるようになり、カルトのイメージから脱皮できたのです」
ギリシア・ローマの合理的精神を持った人々にも納得できるように説いた。そのために、ギリシア・ローマ哲学を深く学んだことは言うまでもありません。しかし―。
「しかし、キリスト教がローマの主流となり、制度化が進むと、権威的になり、人々に服従を強いるようになってしまったのです」(ハンター教授)
これが、これまでの宗教の宿命です。
輝き22
キリスト教は全世界に流布した。大いなる勝利といえる。
では、なぜ勝利したのか。
ローマ帝国という、当時の世界一の権力に対抗して、迫害また迫害、殉教また殉教の連続であった。それなのに、結局は、大ローマ帝国を動かす「宗教界の王者」となった。そして、ローマ帝国が滅亡した後までも、世界へと広まっていった。
なぜなのか。じつは、この「殉教の精神」があったから、勝利したと言える。
権力と妥協しなかったのである。権力に服従した宗教は、やがて必ず奴隷化され、魂を失って滅びていく。これが歴史の鉄則である。
権力と戦う宗教だけが、“光”を出す。“力”を出す。形のうえで、勝とうが負けようが、「魂」は勝利しているからである。ここから、次の時代へと広がっていく。
「殉教の精神」―これこそが根本である。「一念三千」であるゆえに、この精神、一念によってしか広宣流布はできない。
キリスト教は、初めは小さな、貧しい集まりにすぎなかった。だれも重要視していない。むしろ、バカにしていた。そのキリスト教が、どうして、ここまで広がったのか。これについて私は、トインビー博士と論じ合った。
博士は、宗教としては特に「大乗仏教」を高く評価しておられたが、それはそれとして、キリスト教の歴史的位置は大きい。博士は、キリスト教が伸びたのは殉教の精神を貫いたうえに、「大衆の心を、とらえたからだ」と言っておられた。
大衆の心を、がっちりと、つかんだからこそ、いかなる権力にも、いかなる時代の変化にも負けない「基盤」を築くことができた、というのである。さすがの慧眼である。
大衆が大事なのである。有名人、権力者、財産家、学者、そのほか、いわゆる“偉い人”大事なのではない。全部、大衆の幸福こそが目的である。ほかは手段である。この根本を間違って、大衆を見下し、大衆を手段にする人間は、“偉い人間”どころか、悪人である。民衆の幸福の邪魔となる。
日本も、ここが転倒している。また転倒した頭で、学会を利用しようという人間もいる。この転倒を正さなければ、「民衆の勝利」はない。
では、どうして、キリスト教が、太衆の心をつかめたのか。トインビー博士は「それには、三つの理由があった」として、こう論じている。
「第一に、大衆を、単なる『労働者』としてあつかわず、ひとりひとりを魂もつ人間』として、あつかったからである」
一人一人が大事なんだ、尊厳なる生命なんだ、魂をもつ人間なのだ―と。「労働者」とか「下層階級」とか―そういうふうに“束ねて”は考えない。“一人”を考える。“一人一人”を思いやる。
第二に、大衆のなかでも特に、自治体も帝国の政府も面倒を見ていない、一番苦しんでいる『孤児』『未亡人』『病人』『老人』の世話を、キリスト教徒たちが、したからである」と。自治体も政府も面倒を見ず、苦しんでいる人々―そういう“一番苦しんでいる人々”の面倒を見た。
トインビー博士いわく。「第三に、キリスト教徒たちは、自分たちの支持者を増やそうという野心ではなく、私心を捨てて、ただ、キリスト教の教えのままに大衆の面倒を見た」と。
トインビー博士は、こう結論する。
「キリスト教が大衆の心を勝ち得たのは要するに、どんな競争相手の宗教よりも、また、どんな政府や役所よりも、『大衆のために尽くした』からである」
つまり、当時の大衆にとっての「唯一のの希望」は、キリスト教であった。政府でも、政治家でも、経済家でもなかった。こういう草創期の基盤の上に、キリスト教は次の時代に一気に広まり、「集団改宗の時代」を迎えていくのである。“新しき世紀”への基盤を、こうやってつくったのである。
〈以上の観点については、トインビー博士の自署〈『トインビー著作集4一歴史家の宗教観』深瀬基寛・山日光朔訳、社会思想社〉などに論じられている〉
|