夏目漱石

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 輝き22
 「あの時、ひと言言ってくれたら」
 人生においても、「心が裏がえし」になっていては、幸福になれない。  
 夏目瀬石の小説『道草』では、夫と妻の心の「すれ違い」を描いている。  
 夫の健三は三十代の大学教師。妻のお住は高級官僚の娘。はた目には幸せな家庭に見えたであろうが、二人の間は、いつも、ぎくしやくとして、心が通い合わない。ある時、健三がアルバイトしたお金をもって帰る。少しでも家計の足しにしようと思ったのである。しかし、彼が、その給金を渡した時、お住は格別うれしそうな顔もしなかった。なぜだったのか。じつは、その時、お住は「若し夫が優しい言葉に添えて、それを渡してくれたなら、きっと嬉しい顔をする事が出来たろうにと思った」のである。それでは健三はなぜ、そうしなかったのか。  
 彼のほうでは「若し細君が嬉しそうにそれを受取ってくれたら優しい言葉も掛けられたろうにと考えた」というのである。  
 以前にも触れた場面だが、徴妙な人間心理の「あや」を描いている。互いに、心を裏がえしにして向かい合っているのである。しかし、「裏がえしの鏡」には、何も映らない。  
 相手に期侍し要求するだけで、自分を省みなければ、心の溝は深まるばかりであろう。また相手を「決めつけ」ていては、相手のよい点など見えるわけがない。家庭だけでなく、あらゆる人間問係がそうである。
     

 


 

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