大熊信行

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 ルネサンス79  
 戦後になって、国家主義への反省から、「国家悪」を論じる人が出てきた。著名な経済学者、大熊信行氏(一八九三〜一九七七年)は、『国家悪』という本を書いた。〈氏は、“”日本のガルブレイス”と呼ばれた。山形県生まれ。東京商大を卒業後、ヨーロッパに留学。戦後、富山大学、神奈川大学、創価大学の教授を歴任。歌人としても知られる。『家庭論』『生命再生産の理論』など多数の名著がある〉  
 氏の著作『国家悪』について、私〈名誉会長)は小説『人間革命』でも触れた。〈第五巻「驀進」の章。「近代の戦争は、ことごとく国家と国家との抗争といえる(中略)もし国家さえなければ、第二次大戦のあの大残虐は、おそらく回避されていたであろうと、考えざるをえなくなるのである。今日、ある学者が『国家悪』という著作などを出す理由も、ここにあるといえよう」〉
   
 権力への怒りが地球民族主義を  
 戸田先生も「国家悪」を、身をもって体験された。戸田先生の「地球民族主義」の提唱は、仏法の根本精神から出ていることは当然として、先生の一年間の獄中闘争が、その背景にあった。「国家のため」という美名のもとに、どれほど多くの民衆が犠牲になったことか。「人間のための国家」ではなく、完全に「国家のための人間」であった。牧口先生、戸田先生の、「国家悪」への弾劾は、断じて、評論家風の思いつきや、流行に乗った議論ではなかった。一身を賭して国家悪と戦われた、捨て身の体験から出た結晶であった。国家悪に苦しめられきった全民衆の絶叫を代弁した叫びであった。その叫びを全身に体して、今も戦い続けているのが我が創価学会なのである。
   
 「国家によって殺された人」の偉さ  
 大熊氏は戦後、日本人という「反省なき民族」に警鐘を鳴らしながら、「戦争責任」への思索を深められた。そして、結論として「国家的人間から世界的人間への出発」をしなければならないとされた。その名も「国家悪」と題する論文は、こう結ばれている。「絶対主義国家というものは、もはや存在しない。しかし国家そのものの絶対主義は、世界を通じて現実に消えてはいない。人間が人間であろうとすることは、現代においてもまだまだ軽易(軽くて安易)な志向ではない。もしも戦後のわれわれが、ヒューマニズムをなまやさしく講釈しているとすれば、それは現代の課題を知らぬ者のおしゃべりである。国家と人間との対決が何を意味するかを考えないところに、現代のヒューマニズムはない。(中略)人々が『国家的人間』として死んだのは、今次の戦争を最終たらしめてよい。われわれは世界的人間としての道を国家のために死ぬる道ではなくて、国家によって殺されるかもしれない人間の道を、過去にも未来にも、尋ねてゆくよりほかはない」(『国家悪─人類に未来はあるか』、潮出版社所収)  
 氏は主張する。本当の「ヒューマニズム」を貫くならば、必ず国家の「我欲と暴力」という悪にぶつかる、と。国家に迫害されないのは、真のヒューマニストではない、世界的人間ではないと。迫害されようとも、恐れることなく進んでこそ、人間は「人間」になる。動物ではなくなる。「国家によって殺されるかもしれない人間の道」。そこに新しき時代の光はある。私は、それを探していると。  
 氏の誠実な思索は、「国家によって殺された」牧口先生を源流とする創価の道にたどり着かれた。  
 晩年は、草創の創価大学で教鞭をとられた。学生を愛し、学生からも愛された。私〈名誉会長)も長時間、懇談したこともある。立派な人格者であられた。
   
 教授の口ぐせ  
 ある創価大学卒業生が氏の思い出を語ってくれた。ありのままに、ご紹介したい。「大熊先生は、教壇で、やせた長身のお体を、ピンと伸ばして、真剣に講義してくださいました。あれほど高名な先生なのに、少しも偉ぶったところがなく、いつもユーモアを忘れない先生でした。大熊先生の口ぐせはこうです。『諸君は、口では、いつも創立者、創立者と言っているが、創立者の偉大さを、ちっとも、わかっていない。まったく、わかっていないのです。私が見るところ、創価大学の人もわかっていないようだ。日本人は、全然、わかっていません。日本で、わかっている人は一人だけです。それは私です』  
 瓢々とした独特の口調のなかに、創立者への真剣な思いがあふれていて、忘れられません」        

 


 

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