内村鑑三

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 ルネサンス87
 内村鑑三は言った。「人生の成功とは実は他の事ではない、自分の天職を知って、之を実行する事である」と。しかし「大抵の場合に於ては天職は発見せられず、又実行せられずして、人は己が欲せず又己に適せざる事を為しつつ其一生を終るのである」と。〈大正十三年の随筆「地位の満足」から〉
 人生の真実を突いた言葉である。現実は、確かに厳しい。
   
 輝き17
 日本近代史の「四十年周期」説
 ところで、日本の歴史が明治以降、四十年周期で「上り坂」と「下り坂」を繰り返しているという説がある。明治維新(一八六八年)から約四十年間、日本は建設期。国家としては「上り坂」の時代である。その頂点は、日露戦争の勝利(一九〇五年)であったと言われている。明治維新から約四十年後のことである。しかし、これで日本は、傲慢になってしまった。軍人が威張り、国家主義が、無反省に強まっていった。内村鑑三は言った。「日露戦争は我が国民の中に残留せし僅かばかりの誠実の念を根こそぎ取りざらいました」(「日露戦争より余が受けし利益」)。そして「下り坂」となり、その結果、(日露戦勝利から)ちょうど四十年後に敗戦を迎えた(一九四五年)。亡国である。日本は再び、一から出直さなければならなかった。軍事国家を経済国家に変え、少しずつ「上り坂」を歩んだ。四十年後(八五年)のころから、バブル経済という絶頂期へ入っていった。そして、世界に冠たる「経済大国」だと胸を張った。しかし、再び傲慢になり、他の国をバカにし始めた。そしてまた「下り坂」になり、今も坂を落ちている。こういう見方がある。もちろん「未来」が、あらかじめ決まっているわけではない。しかし、歴史の教訓を学ばなければ、「歴史は繰り返す」であろう。
 その「教訓」とは何か。内村鑑三は言った。
 「国が亡るとは、その山が崩れるとか、その河が乾上るとか、その土地が落込むとかいうことではない」「国は土地でもなければ、また官職でもない、国はその国民の精神である」「国民の精神の失せた時に、その国はすでに亡びたのである。民に相愛の心なく、人々互に相猜疑(妬んだり疑い)し、同胞の成功を見て怒り、その失敗と堕落とを聞て喜び、我一人の幸福をのみ意うて他人の安否を顧みず、富者は貧者を救わんとせず、官吏と商人とは相結托して、事なき援助なき農夫職工らの膏を絞るに至ては(中略)かくの如き国民は、すでに亡国の民であって、ただ僅に国家の形骸(外形)を存しているまでである」「すでに精神的に亡びた国が終には、その形骸までも失うに至るのは自然の勢いである」〈(一九〇一年)「既に亡国の民たり」。内村の引用は一部、現代表記に改め、漢字をひらがなにした〉ゆえに内村は、精神革命しかないと叫んだ。宗教革命しか日本を救う道はない ─ と。
   
 輝き31  
 日本は病んでいる。多くの人が、そう論じている。では、何が「病の根源」なのか。内村鑑三(無教会主義のキリスト者)は、「経済と人間」について、こう警告した。「経済の背後に政治あり、政治の背後に社会あり、社会の背後に道徳あり、道徳の背後に宗教あり」と(一九〇四年明治三十七年一)。彼は、日本が傲慢な「心なき国」になって、滅びの坂を転げ落ちていくことを、心配していた。彼は言う。宗教は「始め」にあり、経済は「終わり」にある。宗教は「本」であり、経済は「末」である。本末究覚して、「宗教」すなわち「人間の心のすがた」は、結局、「経済」において現れる、と。「隆興しかり、敗滅またしかり」と。
 人間の心の姿が経済に現れる今、日本は「第二の敗戦」と言われる苦境にある。彼は“”われわれは、経済という「末」を見れば、宗教という「本」を知ることができる。また、宗教というみなもとよそ(ろんすいたい「源」を見て、その「末」がどうなるか予測できる”と論じている。“経済の衰退”の根っこに“人間精神の衰退”があることを知らなければ、何も変わらない。  
 牧口先生も同様の考えであられた。経済といっても、政治といっても、それを動かすのは人間である。人間がダメになれば、すべてダメになる。だから「教育革命」「宗教革命」が絶対に必要なのだ、と。経済だけをいじっても、経済は良くならない。たとえ良くなったとしても、民衆の幸福につながらない。「教育」によって、新しい「創造的人間」をつくることが根本なのである。
   
 心を否定した日本は傲慢に  
 内村鑑三が、こう言った十数年後に、「では、なぜ日本は傲慢になったのか」を指摘した詩人がいる。インドのタゴールである。  
 彼は「それは、日本の国家権力が宗教なかんずく仏教を排斥したからである」と論じた。宗教が教える「弱者の思いやり」も「柔和」も「忍耐」も「自己犠牲(奉仕)」も、否定されてしまった。宗教は、目に見えない「心」を大切にする「形而上」のものでなくなってしまった。単なる「儀式」だけになってしまった。  
 その代わりに、ただ「出世して金持ちになればいい」「力が強いものが勝つのだ」という、動物的な「弱肉強食のジャングルのおきて」を国の方針にしてしまった。人間性を、なくしてしまった。そして外国には侵略し、国内では人権を抑圧した。タコールは、はっきりこの点を指摘したので、日本人から憎まれ、中傷されるに至った。また、インドでも、真の理解者は、なかなか無かった。  
 彼は「百年後の詩人が、わかってくれるだろう」と期待した。「百年後」という詩には「いまから百年後に/君の家で/歌って聞かせる新しい詩人は誰か?/今日の春の歓喜の挨拶を/わたしはその人に送る」と書いた(『タゴール著作集』第一巻、森本達雄訳、第三文明社)。      

 


 

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