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子どもの心に何が起きているのか

− 登校拒否の理解と治癒 −

 

これから登校拒否のお話をします。登校拒否とは何ですかといわれる方は、今はおられませんと思います。しかし、知っておられるからこそ、誤解して知っておられるかたもおられるかもしれません。ですから、皆さんから、ここが知りたい、ここがわからないと質問してもらうのが一番いいと思います。

しかし、はじめから質問してくださいといっても、あいつは手を抜いているんではないかと思われそうなので、まず、登校拒否をどう理解するかというテーマで話をしたいと思います。それから後で時間をとって、質問をしてもらいと思います。

具体的な例をあげたいと思います。

「灯台」に掲載されていました、神山英子さんの事例

「長男洋介が高校3年の5月から「学校へ行かないよ」といいだして、登校拒否がはじまりました。休みだしてから、最初のうちは「いかなきゃだめじゃない」とか「単位が取れなくなるよ」とか言っていましたが、一度中学の時に経験しているので、無理強いせずに自分から行くまで待とうと思いました。実は中学のときも、10日ほど登校拒否をおこしたことがあるんです。そのときは担任の先生もいろいろ配慮してくれ、それがきっかけで、学校に行くようになりました。学校へ行けばそれでよしとしていたので、今思うと本質的には、何も解決していなかったのだと思います。

洋介は小さい頃から、勉強もよくできたし、運動もよくできる子でした。小学校時代は生徒会長をやったこともありました。

学校へ行かなくなった洋介は、昼夜逆転の生活になりました。夕方5時ごろ起き出してきて朝方6時頃寝るという生活で、家に閉じこもりっきりの状態になりました。声をかけてもものも言わない。目をみませんから、焦点があいません。そして、「死にたい、死にたい」といいだして、実際住んでいる団地の屋上に一日うずくまって、「死ねなかった」と青ざめて帰ってくることもありました。その年を越して、少し元気になったと思うと、今度は夜、出歩いたり、家庭内暴力がはじまりました。(以下略)」

神山さんの場合、このようにして子供さんの登校拒否がはじまりました。

一口に学校へ行かないといってもいろいろな場合があります。ですから、学校へ行かない子どもにはこうしなさい、とそんな簡単なことは言えません。行け!と言っておこるだけで学校へいく子もいるでしょうし、周りが必死になってもどうしても行けない子もいます。子どもが学校へ行かない、これは大変つらいものです。元気で何もないのに学校へ行けないんですから。そして、家でぶらぶらしている。自分も学校へ行きたいと思うのですが、行けない。あんまり言うと、怒りだしたりします。降ってわいた災難のようなものです。他の子はあんな元気ににこにこ笑って学校へ行っているのに、どうして、うちの子はあんな風になっただろうか。

少し前までは、登校拒否を分類して、小学生でいえば、これは自我未熟タイプであるとか、これは母子分離不安タイプであるとか、そういう言い方をしました。そして、自我未熟タイプであれば、この子は社会性を身につけるように指導しようとか、また母子分離不安であれば、親子関係についてお母さんに話していけば自然とよくなっていくことが多かったと聞いています。そして、1年生ならば1ヶ月、2年生ならば2ヶ月というふうに、比較的短期間に回復への援助ができたようです。

ところが最近は、小学生のケースが減って、中学・高校生のケースが急増しています。圧倒的に思春期に集中しています。そして、休み始めると長期化し、ずるずると半年、一年とすぎて、高校では、休学・留年からやがて退学へというケースが非常に多くなっています。

こういうときに、一つは学校へ行かねばならない理由を教えてやるという方法があるかもしれません。勉強ができなくなるとか、就職に不利になるとか、進学できなくなるとか。しかし、そういうことは教えなくても、本人はよく知っているわけです。本人はわかっているから、学校へ行きたいと思っているわけです。行きたいんだけれども行けない。では、スパルタ教育だというんで、戸塚ヨットスクールにおくり込むという方法があるかもしれない。しかし、そういうやり方でも、なかなかうまくいきません。こうなると、単に子どもに教えるとかしつけるといった方法は、ここではいったん、捨てなければならないでしょう。

ではそういう子どもに対してどう接するかというと、その子どもが持っている本来の可能性を引き出しやすい態度で接します。自分の可能性を出しやすいような、自分を表現しやすいような、そういう態度で接していきます。水が高いところから低いところへ流れるように。簡単にいうと、好きなようにしなさいということです。「安心する場を与える」ということもできると思います。

ところで中学生や高校生のお子さんをお持ちの方はわかると思いますが、あまり口をききません。こちらが「どうや最近」といっても、「別に」とか「いいや」とかいいます。真っ正面から向き合えば、しんどいわけです。しかし、そこで少しでも「安心する場」 ができてくると、その子どもは少し話しをしてきます。そうすると、その子どもはだんだん元気が出てきて、回復の過程に入ってきます。お互いの関係のなかで、そうしたことを目指すと考えてください。そんな簡単なことでと思われるかもしれませんが、しかし、これは実際されてみるとわかりますが、なかなか難しいことです。たとえばわれわれ夫婦の間でも、ふだん向き合ってものを言いあうということはなかなかないのではありませんか。奥さんが話しかけても、片一方が新聞を読んでいたり、用事をしながらふんふんと言っていたりします。その方が浅いレベルで、楽なわけです。

ところが、子どもが学校へ行かないといった問題が起きたとき、それがきっかけで、その家庭の本当の対話がはじまることもあります。それをステップとして、その家庭の、何か欠けていたものを満たす新しい関係がはじまる、と考えてみてください。

この子どもが登校拒否になったのは、我々の家庭にとってどういう意味があったのか、と考えてみてください。お前が悪いから、いやあんたが悪いからこの子は学校へいかないんだというのではなく、正面から引き受けるとそこからその家庭の新しい関係が生まれると考えます。

先ほどの神山さんの場合、子供さんはその後、昼夜逆転の生活から家庭内暴力がはじまります。あんなに優秀だった子が何でこんなことになるんだろうと悩み苦しまれます。そしてこう書かれています。

「そして、全部おしつけだったということに気がついたんです。自分の価値観の。優秀な子だったので、よけいに期待して、名聞名利で優秀な学校へというふうに考えて、小さい頃からしつけも厳しくしていましたから。

それというのも、私の主人に対するうらみつらみがあったんです。かけ事が好きで、働かなくて、離婚だの、家庭騒動が激しかったんです。(中略)私一人でバリバリやっているつもりでも、子どもも主人も傷つけていたという自分の愚かさに気がついたんです。

そう思えるようになると、子どもに対する態度も、がらっと変わりました。ご近所の人も、昔はオニみたいに厳しいお母さんだったのに、最近…は、と言われました。

親を困らせるのも、こちらの愛情を試そうと思ってやっているんですよね。絶対うろたえちゃだめなんで、愛情をどう子どもに表現していくか、やさしくするだけではだめで、心の底から子どものことを心配するというか、認めて、信頼していくことがすごくむずかしいけど必要なんですね。

私自身、いたらなさがわかってくると、人の助言を聞けるようになりました。それまでは洋介の問題は私が解決するんだ、主人に力になんかなってもらいたくないとかたくなに拒否していたんですが、主人のいうことが素直に聞けるようになりました。洋介が夜遅く出歩くようになって、帰ってくると何をやっているかわからないからガミガミ言っていたんですが、主人は男同士ですから、今あいつはこうなんだ、ああなんだ、と言ってくれると、安心して洋介のことを見てられるようにまりました。

そういうことが私自身わかった上での家庭内暴力ですから、起こって当たり前という感じで受け止められました。(中略)

たまたま一度、主人のいるとき、私に洋介が暴力をふるったことがあって、見かねた主人が、お母さんにそんな暴力をふるうのはとんでもない、とどなって洋介のことを一発なぐったことがことがあるんです。

そしたら、親父、一発でいい、と。すごくうれしかったというんです。強いお父さんでいてほしいんです。家庭内暴力はその直後おさまりました。(後略)」

その後、さまざまな曲折を経ますが、その子どもは次第に回復にむかい、無事卒業します。

そして、最後にこう結ばれています。

「洋介の登校拒否をきっかけに、私は自分をみつめられるようになり、私と主人という本質的な問題に気がつかせてくれたことに感謝しています。」

どう思われますか。我々は、生まれてくるときに、実は金持ちの家に生まれてくる予定だったけれどいろいろあってこんな家に産まれてきたんだとか、そんなことはありませんね。選ぶことなく、必ずある家族のなかに産まれてきます。宿命ですね。そして、そのなかでいろいろ問題があったとき、それをつまらないことだと思わずに、正面から引き受けると、そこに新しい創造がでてくる。マイナスのような形ででているようで、実はその家族にとって新しい創造のチャンスに変わるんだということだと思います。高い授業料を払い、大切なダイヤモンドを手に入れるようなものだと思います。

しかし、せっかく貴重な体験をしながら、家族がボーっとしていてその体験のはっきりした意味をつかまないと、その子どもは、やがて学校へいきだしたとしても少し苦しいことがあるとまた家に引きこもるでしょう。そして、どういうでしょうか。これだけ教えてやっているのお父さん・お母さんも成長しないな、もちろんそんなことは言葉ではいいませんが、そういうのではないでしょうか。ですから、お互い、せっかくのチャンスを本物にしていく努力をしていきたいと思います。

 

 

 

 1999年9月、東条町新定公民館

 

「教育講演」

 

 河合隼雄先生の講演を聞いて大変印象に残っていることがあります。

 ある小学生の子どもが、学校へ行かないということで、相談機関へやってきます。担当の先生がくると「おっさん」というんです。「おっさん、ボーリングを並べ」というそうです。そこで、おっさんが、ボーリングをならべると、ボーンと倒します。おっさんがまた並べると、またボーンと倒す。おっさんは並べ役ばっかりですね。並べ役ばっかりして、ちょっと「むかむか」して、何を隠そう俺は教師であるとか、大人だぞと、そんなことを思いながら、そういう風にやっていますと、しだいに、「おっさんおまえもやるか、わしが並べたる」、と言いだします。そして、「おっさん勝負しよ」、というふうになります。そして、遊びに熱中して、次第に、学校に行くようになったというのです。

 では、その子どもは、一体なにを言いたかったのか、と思われますか?。

「それは、世の中には何と勝手もんが多いのか」ということです。先生やお父さんやお母さんは、自分に勉強しろとか、学校へ行けとかいう。しかし、そういう、お父さんとお母さんは、忙しい忙しいといいながら結構遊んでいたり、なまけたり、いいかげんなことをしている。そんなことを、子どもはみんな知っているわけです。 しかし、子供ですから、そこは、言葉にならない。

 「自分にこんな不平等や仕事を押しつける親や社会というのは、一体何なんだ」とは子供ですから、言葉にして表現できませんので、それでは、おっさんに味あわすよりしようがない。味わってもらおう。それで「おっさん、並べ」というてるわけです。ところが不思議なことにで、この、けったいなおっさんは怒らない。ボーリングを並べている。その子どもの心の中に、「おっさん、お前もやるか」という気持がおこってくるんです。だんだん、不信感がなくなってきます。これが、本当に不思議なところです。そうして、遊んでいるだけで、その子は学校へいくようになるというのです。人間の心の非常に不思議で、深いところだと思います。

 ですから、子どもにあって、どうするかといいますと、なんでも話しやすいような、そういう態度で接していきます。ところが、中学生や高校生になると、なかなか話をしてくれません。「どうや」というても「べつに」とかいいますけれど、なかなか話しをしません。しかし、普通のおっさんとどこか違うかなと思うと、ちょっとしゃべってくれます。こういうことをくりかえしていきます。

 ですから、私たちの立場からは、子どもとの関係でそういうことをめざして、接していきます。

 ご存じのかたもあると思いますが、「場面緘黙」ということがあります。

 子どもがなかなか話をしないのは、その子どもの無意識の中に自分を取り囲む世界に対する、どこか不信感があるからだ、といわれています。

 ですから、子どもが話をする条件というのは、その子どもの心の中に、「信頼感」とか「安心感」とかが根づくこと、そうすれば、ちょうど「水が高いところから低いところへ流れる」ように、向こうから自然に流れてくるという風に考えます。

 では、この周りの世界への「信頼感」や「安心感」の関係を少し考えてみたい と思います。

 基本的安定感

  昔から語りつがれてきたおとぎ話や童話というものは、人間の心の深い層の表現であると、言われます。

 白雪姫やシンデレラの話では、話のはじまりのところで、やさしいお母さんは死んでしまいます。そのあとにやってきた継母は、意地悪で憎らしいお母さんとなっています。子どもの心からみて、お母さんが、昔話のやまんばや赤鬼のような恐ろしい存在である、というのは、不思議かも知れませんが、いっぱいあるのです。

 子どもが2・3才になったとき下の子が生まれたとします。上の子はそれまで一人っ子だったとしたら、それまでの2・3年間というもの、親のの愛情を一身にあつめていたわけで、それまでは、子どもにとって親はとても愛情深い、やさしい人でした。ところが下に弟や妹が生まれますと、それまでどんなに優しかったお母さんも、自分だけにかまってくれることはなくなります、新しく赤ん坊の方に関心が向きますから、上の子にとっては、お母さんはこれまでのお母さんとは全く別のような存在となるわけです。そんなとき、子どもにとって母親は急に「冷たくなった」、「怖くなった」として映ります。

 これを子どもなりに納得するのに「あの優しいお母さんはもう死んでしまって、今いる冷たいお母さんは、本当のお母さんでない、継母だ」と無意識への刻印されるというのです。そして、その時、お母さんのほうに、子どもに対する否定的な感情、たとえば、子どもを育てるようなしんどいことは嫌いだとか、遊んでいる方が好きだとか、いやことは避けてすますとか、そういうものを身につけていれば、子どもにとって、そのお母さんの姿はずいぶんゆがんだものとして、心に刻みつけられます。

 しかし、たいていの子供は、1才や2才のころにお母さんによって植えつけられた基本的安心感をしっかりともっていますので、やはり現実のお母さんは自分への愛情をちゃんと持ってくれているんだとどこかで確認して、いつのまにか、それを乗り越えていきます。

 ですから、1才や2才のときに子どもに基本的安心感を与えることができるかどうかが、一つの鍵になってきます。つまり、スキンシップをうまくやれるか、子どもが自分の甘えを出せる家庭であったか。自分の家庭はどうなのかなんかなとちょっと考えてみてください。

 ですから、このように、子どもが大人なる所々に、子供にとって狼や鬼みたい思えるようなのがいたりするわけですが、子どもは、安定した家庭との関係をもとにして、そのハードル乗り越えていくわけです。この時にこえなければならないハードルのことを、「発達課題」といいます。

 次に、その「発達課題」とは何かということについて話します。

 乳・幼児期・児童期・思春期・青年期・成人期

  発達課題

 乳幼児期  基本的安定感の獲得

 児童期   社会性の獲得  遊び仲間を通じて社会と接触

 青年期   自己同一性の獲得(アイデンティティの獲得)

 そして、この発達課題がどこかでうまくクリアしていないと、「やるべき時にしておかなかった大切な、やり残しの宿題」、ということになります。「やりのこした宿題は、遅くなったけども、今からやらなければならない」というふうになります。

 乳幼児期の宿題は基本的安定感。

 青年期の宿題は、「自己同一性の確立」といいます。何かわけのわからない言葉だと思いますが。例えばこういうことです。私は頭の方が大分薄い。はげた人は嫌い!というかたがおられるかも知れませんが。うちの子どもが小さいころ、私の似顔絵をうまく書きます。しかし私はそのことが気になって日常生活に支障を来すということはありません。なぜかというと、それは、自分でそういう自分と折り合いをつけ、自分というものに誇りを持って生きているからです。背が低いとします、 これは、青年期には非常に気になるもので、経験のある方もおられるかもしれませんが、雑誌に背を伸ばす機械の広告というのがあって、首と足をバネでのばすというやつですが、真剣に小遣いで買おうかと考えたりしたものです。しかし、必要なことは、そういう自分がかけがえのない自分である、ということ。そういう自分をすーっと自分で受け入れことができる。これを自己同一性といいます。

 こういう過程を経て人間は成長して行くわけです。

 治癒の過程

 では次に、観点を少し変えて、こういう過程で精神的に落ちこんでいる子ども、何か問題を抱えている子供に、どう関わっていくかという点について、お話したいと思います。

 子どもに、10の力が働いて成長していくとすると、親は6、学校は3、相談機関は1といわれます。ですから、親は子どもにとって最大の援助者ということができます。

 しかし、親は近所の人や先生から「親が悪い」とくり返し言われてきているかもしれませんし、そういう目で見られることに敏感になっているかもしれません。しかし、親と子どもとの関係が改善されたら、6の力という子どもの一番の味方になるわけですから、しかも、自分の子どもを悪くしようと育てる親はありませんから、そういうところから出発します。

 それは、子どもの心にそう、そして、子どもの心に思いいたる、というやりかたです。そんな簡単なことでと思われるかもしれませんが、こういうやりかたができるようになることをめざします。

 しかし、間違ってはいけないことは、子どもの気ままやわがままに親が従う、ということでは決してありません。つまり、子どもたちの気持ちを真正面からきちんと受けとめる、手応えのある親になるということです。戸田先生は「子どもの畜生道に負ける母親では、子どもをそだてることはできない」という意味のことをいわれました。自分の境涯を高めることとも言えると思います。

 さて、以上長々とお話してきましたが、「しつけ」ということについてお話しして最後にしたいと思います。

 時代の大きな変化。

 今は、社会の影響が、家庭の壁をこえて直接ストレートに、少年たちの心にその影響があらわれてくる時代のように思います。子供の問題はは、こうした周囲に影響されたもので、その中で自我が弱い子どもが一番最初に「犠牲」なっているように思います。ですから、家庭の守りの壁を強く、親の信念の生き方、哲学ある生き方。していいこととわるいこと、約束や時間を守るようにきちんと言い聞かせて、その子の人間性の骨組みを作るといったことも大切です。子供こそが、適切なしつけを与えられることを望んでいるといるのではないでしょうか。

 私たちはどのような状態を幸せと考えるか。苦労をしない。願いが叶う。良い家を持つ、多くの収入を得るなどかを思います。

 そして、子育てにあっては、子供たちになるべく良い思いをさせ、なるべく苦労をさせないようにしたい、ということで、親が苦労しているのではないかと思います。

 新聞に、アメリカのマーチン・セリグマン博士(ペンシルベニア大学心理学部教授)にインタビューした内容がのっておりました。

 そこには困難の徳性≠ニいう言葉がありました。つまり、苦労・困難という一見マイナスと思われるもののなかに、人生の充実感と人格の成長もあるというものです。

 「大人たちが今、深刻に理解しなければならないのは、『因難を乗り越えるなかにこそ、真の人間の幸福がある』ということです。その意味で、日本の青少年が、子供の時代に甘やかされて育てられていることに危惧を感じます」、とありました。

  子供をよりよく育てるには、子供を見る目を磨かねばならないでしょう。自分は何によって磨いていくのか、そうした信念・考えがますます大切な時代になっているように思います。

 

 

 

1999年9月、藪公民館

 

東条西地区総会挨拶

 本日は東条西地区地区総会が、地域の皆さまがたとともに、このように盛大に開催され、まことにおめでとうございました。感動的な体験あり、見事な詩舞あり、演奏あり、コーラスあり、カラオケあり、出演された皆さまも、ふだんの練習の成果を存分に発揮されたものと思います。

 さて、本日の体験をお聞きし、ふだん教育に携わる者として感じたことを一言申し述べ、ご挨拶にしたいと思います。

 私たちはどのような状態を幸せと考えるか。苦労をしない。願いが叶う。良い家を持つ、多くの収入を得るなどかを思います。

 そして、子育てにあっては、子供たちになるべく良い思いをさせ、なるべく苦労をさせないようにしたい、ということで、親が苦労しているのではないかと思います。

 皆さまが愛読されている聖教新聞に、アメリカのマーチン・セリグマン博士(ペンシルベニア大学心理学部教授)にインタビューした内容がのっておりました。

 そこには困難の徳性≠ニいう言葉がありました。つまり、苦労・困難という一見マイナスと思われるもののなかに、人生の充実感と人格の成長もあるというものです。

 「大人たちが今、深刻に理解しなければならないのは、『因難を乗り越えるなかにこそ、真の人間の幸福がある』ということです。その意味で、日本の青少年が、子供の時代に甘やかされて育てられていることに危惧を感じます」、とありました。

 我々のたもつ仏法には、「変毒為薬」という考え方があります。「毒を変じてて薬となす」。つまり、悩みが深ければ深いほど、幸福になれる。一番苦しんだ人が、一番幸せになれる、という「妙法の力用」であります。

 子供をよりよく育てるには、子供を見る目を磨かねばならないでしょう。自分は何によって磨いていくのか、そうした信念・考えがますます大切な時代になっているように思います。

 

 喜読喜市

 熊本で三十八年間、教鞭を執り、生徒に慕われた愛情深き先生だったという。その原点は、どこにあったのか。

 その方が小学校二年の時。冬休みの寒い日に、家に門付け≠フ母子が来た。母親が三味線を弾きながら歌い、その歌に合わせて女の子が踊った。

 小雪がちらついていた。少年は駄菓子を食べながら見ていた。曲が終わったので、少年は食べかけの菓子を女の子に差し出した。その時です。庭の隅で牛に草履をはかせていた少年の父親が猛然と走ってきて、少年を地面に殴り倒した。あっけにとられている門付けの母子に向かって、お父さんは丁寧に頭を下げ、食べかけの菓子を差し出した非礼を詫びるとともに、少年を土下座させた。

 穀物をあげた上で、お父さんは、少年が持っていた菓子を袋ごと取り上げ、女の子に渡した。その後、土下座をして泣いている少年には目もくれず、お父さんは牛を引っぱり、山仕事へ行ったという。

 お父さんは、少年に、「人間の平等」を、身をもって、たたきこんだのです。その方は、成長してからも、お父さんに心から感謝していたという。(喜読喜市著『喜読喜市の世界』、かのう書房)

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最終更新日: 2001/07/26