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アジアの変革と民族運動
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【中国利権の争奪】
A 中国の半植民地化
1 (1 )戦争に敗北 → 「眠れる獅子」の弱体暴露
2 欧米諸国は、政府に対する(2 )を通じて、(3 )敷設権・(4 )採掘権などの利権を獲得
B 列強の侵略
1 ロシア
@ (5 )鉄道建設(1891年、着工〜1916年、完成)
→ 南進の機会をねらう
A (6 )(1895年、独・仏)
日本の獲得した(7 )半島(下関条約)を清に返還させる
→ 代償として(9 )鉄道敷設権を獲得
B (10 )半島南部(旅順・大連)を租借
C 東北地方を勢力範囲
2 ドイツ
@ (11 )湾(1898年、青島)を租借
A 山東地方を勢力範囲
3 イギリス
@ (12 )(1898年) ・九竜半島を租借
A 長江流域を勢力範囲
4 フランス
@ (13 )湾(1899年) を租借
A 両広地方(広東・広西省や雲南省・海南島)を勢力範囲
5 日本は福建地方を勢力範囲
C アメリカの進出
1 1898年、(14 )戦争でフィリピン・グアム島を獲得
→ 中国市場への関心を高める
2 1899年国務長官(15 )(大統領マッキンレー) が、(16 )・(17 )、1900年に(18 )を提唱
→ 中国分割の傾向がゆるむ、アメリカの中国市場への進出
【変法運動と義和団運動】
A 変法運動
1 (19 )戦争の敗北 → 中国知識人の危機感の高まり
→ これまでの(20 )運動のあり方を批判、日本の(21 )
にならい立憲運動
2 中心人物
(22 )(公羊学派)、(23 )(雑誌「時務報」発行) 、譚嗣同ら
3 1898年、(24 )帝を動かし、革新を断行(産業振興、科挙改正など)
→ 保守派は(25 )と結び弾圧 = (26 )の政変
B 義和団事件(1900〜01年)
1 民衆の排外運動の高まり
@ (27 )条約(1860年) でキリスト教の布教が公認
→ 宣教師・信徒と地方官憲や民衆との争い続発 = (28 )運動
A (29 )戦争後の諸外国の露骨な中国干渉
2 義和団の排外運動が山東省から起る
→ 1900年、「30 」を叫び北京へ
→ 清の保守排外派は義和団を支持し、列国へ宣戦布告
→ 列強の共同出兵(日本・ロシアを主力とする8カ国連合軍)で鎮圧
3 1901年、(31 )議定書(辛丑和約)
@ 巨額の賠償金の支払い
A 外国軍隊の(32 )駐留、北京周辺の防備撤廃
→ 外国の干渉強化、中国の(33 )化がすすむ
【辛亥革命と中華民国の成立】
A 清朝の改革
1 義和団事件の敗北・(34 )戦争での日本の勝利を機に、改革をすすめる
− 新軍の設置、科挙廃止(1905年) など、
2 (35 )を発表(1908年、明治憲法に類似) し、国会開設を約束
→ (36 )資本家の成長 − 外国資本に対する利権回収運動
→ 国会の即時開会を求める
B 革命運動の展開
1 華僑や留学生を中心に清朝打倒・漢民族の主権国家をつくる運動
→ 孫文の(37 )(1894年、ハワイで結成)・章炳麟の光復会・黄興の華興会など
2 中国同盟会
(38 )戦争の刺激 → 1905年、孫文はなどを結集し、東京で
(39 )を組織
@ 三民主義 − (40 )の独立・(41 )の伸長・(42 )
の安定をとなえる
A 機関紙 − 「43 」
C 辛亥革命
1 1911年、清朝は財政策として、外国借款により(44 )を宣言
→ (45 )で暴動
→ (46 )の軍隊が挙兵(新軍が蜂起) − 1911年10月10日
→ 14省(4/5) が清朝から独立
2 1912年、南京で中華民国の建国を宣言 − 孫文が臨時大総統
→ 清朝は北洋軍の実力者(47 )を起用
→ 彼は、革命側と取り引き
→ (48 )帝退位、清朝が滅ぶ(1912年)
→ 袁世凱は臨時大総統に就任
D (49 )の独裁
1 孫文は国民党を組織
2 B世凱は臨時約法(暫定的憲法) を守らず、(50 )党を弾圧
→ 孫文の第2革命失敗(1913年) 、B世凱は正式大総統になる
2 1915年、帝政復活を宣言 → 内外の反対、第3革命おこる(1915年)
帝政復活宣言を取り消し、病死(1916年)
→ 革命勢力は弱く(孫文の広東軍政府)、軍閥が分立
【インドの民族運動】
A イギリス支配下のインド
1 本国の利益を主とする政策
→ 産業開発・運河・鉄道も民衆の生活向上に役立たない
2 藩王(土候)国の存在
→ バラモンと結んで住民を圧迫(イギリスとの二重の搾取)
→ インド人の貧困が続く
→ 民族運動の背景
1 近代的綿工業を中心に(51 )が成長
2 ヒンドゥー・イスラム両教徒の改革運動発生
B 民族運動の高まり
1 インド(52 )の結成(1885年)
@ イギリスが反英運動を緩和するため開催、イギリスに協調的な知識人・
地主・商人が中心
A (53 )戦争での日本の勝利
→ 民族的自覚深が高まる → (54 )が指導
2 (55 )令の公布(分割統治策)
カーゾン総督が抵抗勢力の分断と地租増収をはかり制定
→ 民族運動は激化
3 1906年、(56 )大会(国民会議派)
(57 )(民族資本家の要求)、(58 )
(国産品愛用) 、(59 )(自治獲得)、
(60 )の4綱領を決議
C イギリスの弾圧と懐柔
1 分割統治策
親英的な(61 )の結成を支援
→ (62 )と対抗させる
2 インド統治法(1909年、モーリー=ミントー改革)
→ インド人の参事会参加。名目的で、選挙権に差があり
3 1911年、ベンガル分割令を取り消す
【東南アジアの民族運動】
A ヴェトナム
1 1883年以来、フランスの保護国
2 ファン=ボイ=チャウら維新会結成(1904年、のち光復会)
→ 東遊運動(日本へ留学生を派遣)
B インドネシア
1 サレカット=イスラム(イスラム同盟、1911年)の自治運動
2 1920年、インドネシア共産党が事実上成立
C フィリピン
1 ホセ=リサールやアギナルドのスペインからの独立運動
2 米西戦争後は、アメリカからの独立運動
【西アジア諸国の立憲運動】
A オスマン=トルコ
1 1877年、ミドハト憲法停止(アブデュル=ハミト2世)
→ 1908年、(63 )革命 −
青年トルコが政権を握る → 動揺が続き政局不安定
B イラン
1 タバコ=ボイコット運動(1891年、外国利権に抵抗) → 大衆的立憲運動
→ 1906年、立憲革命実現
2 (64 )協商が成立(1907年)
→ 1911年、イギリス・ロシアの干渉で議会は閉鎖
☆ 重要語句
三国干渉 東清鉄道 旅順 大連 威海衛 九竜半島 膠州湾 門戸開放宣言
変法運動 戊戌の政変 ジョン=ヘイ 康有為 光緒帝 西太后 義和団事件
扶清滅洋 北京議定書 科挙の廃止 憲法大綱 華僑 興中会 中国革命同盟会
三民主議 辛亥革命 幹線鉄道国有化 四川暴動 武昌挙兵 中華民国 国民党
軍閥 孫文 袁世凱 宣統帝溥儀 インド国民会議 ベンガル分割令
カルカッタ大会4綱領 全インド=ムスリム連盟 青年トルコ革命
☆ 重要年代
変法運動と戊戌の政変 義和団事件 憲法大綱の発表 中国革命同盟会の結成
辛亥革命 ベンガル分割令の公布 青年トルコ革命
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