西ヨーロッパの中世文化

 


               6 西ヨーロッパの中世文化
 
 教父  大学  唯名論  ウイリアム=オッカム  アベラール
 トマス=アクィナス  ロマネスク教会堂  ゴシック様式   吟遊詩人   
   
 
 教父   戻る  
 教父とは「教会の父」のこと。いろいろな宗派との理論闘争も必要。そこで異教に対してキリスト教の教会の理論が論理的にも優れていることを明らかにしなければならない必要があった。そういうときに、理論的に教会を守った人々に対してこういう呼び名が定着した。
   
 ウニヴェルシタス ― 大学 ― 組合   戻る  
 スコラ ― 学校。教会・修道院附属の学校。聖堂の附属学校から発展。修道士や聖職者の要員を教える。  
 教科課程 ― 文法・修辞学・論理学・数学・幾何学・音楽・天文学に限られる。総称して「七自由学科」とよばれた。これは古代ローマの時代に、この学習が許されたのが「自由人」だけだったからである。学生と教師が寄り集まってつくったギルドは、大学誕生への第一歩であった。彼らはウニヴェルシタスと自称。  
 イタリアでは学生たちは彼らのギルドが教師を雇い給料を払って、自分たちの受ける学習課程を決め、講義をするときに章をとばすような講師には罰金を課した。
 ボローニャの講師たちは、市の銀行に一定額の金銭を預けておかなければならなかった。罰金をそこから差し引くのである。
 フランスやイギリスの大学では教師ギルドのほうが優勢であった。教師は学生に悪口を言ったり賭け事をすることを禁じ、消灯時間や定められた食事作法を守らないときは罰金を課した。
 大学といえば立派な建物や庭や図書館を思い浮かべるが、最初の頃の講義はオックスフォードやケンブリッジの場合は道路沿いの差しかけの小屋で、パリでは聖堂の中庭で、イタリアでは広場でおこなわれた。やがて、教師が部屋を借り、学生たちが床に座るようになったが、ちゃんとした建物や図書館などの設備もなかったので、どこでも移動することができた。
 ケンブリッジ大学は、このような過程を経てオックスフォードから分かれて誕生した。
   
 唯名論   戻る  
 ウイリアム=オッカム   戻る  
 形相が普遍者であり形相が実在であるがゆえに、普遍者も実在であるなら、同一の普遍者が多くその名でよばれる存在者のなかに同時に実在することになるはず。それは不可能であるから、彼は普遍者は実在するのではなく名前や記号に過ぎず、実在するのは個別的存在だけになるとする。
   
 アベラール   戻る  
 さまざまな劇的な生涯で有名。その弟子エロイーズとの恋愛事件で、寝込みを襲われ去勢される。ブルターニュの下級貴族の長男。学問のため相続権を弟に譲り、フランスを遍歴した。最初パリで講師になり、多くの学生をひきつけた。「我々は、疑うことによって探求にいたり、探求によって真理に達する」と主張。
   
 13世紀頃になると、キリスト教はなんらかの体系的哲学をつくりあげる必要に迫られた。
 「神とは存在するか」という問い。神は存在しない。神が存在するならこの世に悪は存在しない。しかし、悪は存在する。したがって、神は存在しない。しかし、これと反対に「出エジプト記」において、神がみずから「私は存在するものである」と語っているという権威を示す。位は神学が上であって、神学の定めるところを哲学は超えることはできない。しかし、哲学が独立性を失っているわけではない。やがて大学は、哲学と神学を別々に扱うようになり、前者を人間理性の産物とし、後者を神の啓示の結果とした。
 
 トマス=アクィナス ― ドミニコ派の修道士。「神学大全」   戻る
 アリストテレスの論理をキリスト教に結びつける。自然的理性でできるだけ迫ってみる。
 第一、動者(運動のはじまり)。第二、事物が存在する。必然性そのものとして神をたてる。第四に事物の中に段階がある。最高の段階として神を考える。第五、この世に秩序がある。秩序があるということは、そこに目的構造があり、最高の知的存在が秩序を構成している。
 「理性」は神の存在や魂の不死性を論証することができるが、三位一体や受肉、最後の審判などの教義を証明できない。神はしかじかのものではないという否定を通してしか知られない。トマスはあくまでも理性的な水準において考えはじめ、結局のところ啓示の助けなしに幸福にいたることはできない。すなわち宗教的な信仰がなければ真の幸福にいたることはできないとする。

 ロマネスク教会堂   戻る
 円筒穹窿によって天井を支えていた(石)。非常に重たかったので側壁を圧迫して倒してしまうことになる。そこで補強するために、壁を厚くし頑丈につくったので、窓は小さく採光が不十分であった。重苦しい印象。
 
 ゴシック様式(ゴート人に由来)   戻る
 尖頭アーチ(半円アーチの曲線の高さはと、その基線の半分の長さに制限されてしまう)は、高さを高くすることができる。重い屋根の圧力をそぐために、外側に扶壁を取り付けた。高い壁面がなくなって巨大な窓ができ、穹窿と尖塔とがますます高くそびえるようになった。ロマネスク式は薄暗い感じであったが、ゴシックは優美で広々として開放的であり、光に満ちていた。
   
 吟遊詩人   戻る  
 自分で作詞・作曲し、宮廷や馬上競技でそれらを歌う楽人を雇っていた。  
 「ローランの歌」  
 カール大帝の甥ローランがサラセン軍によって瀕死の重傷を負わされ倒れながらも、死の間際までカールの援軍を呼ぶ角笛を吹き鳴らすことを拒むというストーリ。
   
 「アーサー王と円卓の騎士」  
 アーサー王はイングランドを防衛した6世紀の伝説的な王で、王の勇敢な逸話と王妃ギニヴァーに対する騎士ランスロットの愛や聖杯(十字架に架けられたイエスの血を受けたものとされる)探しの物語が加えられる。
 
 
 
 A 特色 
  1 キリスト教中心の文化 → 教会の権威が絶大
  2 (1     )語を用いる聖職者が、学者・知識人
  3 自由で合理的な研究では、古代ギリシア・ローマより後退
    
 B 神学 →  中世では最高の学問 − 「2           」
   → 神と教会の権威の確立をめざす
  
  1 教父の(3           )(「神の国」・「告白録」) の思想が基礎
  2 スコラ学
   @ 8世紀、(4        )(イギリス、カール大帝時代の学僧) に始まる
   A 11世紀、(5        )(イギリス、 スコラ哲学の父)の実在論
    → 普遍は個物に先んじて実在
   B 12世紀、(6       )(フランス)の唯名論
    → 普遍は名目のみで個物のみ存在  
   → 普遍論争 → 実在論と唯名論の対立
  
   C 13世紀、(7            )  
    アリストテレス哲学を導入して、スコラ学を大成
    「8       」を著す − 普遍は個物に内在する
   D 14世紀、唯名論の(9             )
    哲学と神学の分離を主張
  
 C 自然科学 → イスラム科学の影響
  (10            )(13世紀、英・中世最大の自然科学者) は実験を重視
  
 D 大学 → 教皇や皇帝の特許状によるギルド
    医学の(11      )大学(南イタリア)
    法学の(12      )大学(北イタリア)
    神学の(13   )大学(仏) や(14         )大学(英) が有名
  
    → 人文学部で7自由学科を学び、神学・法学・医学の3専門部へ進む  
 
 E 美術 − 教会建築とその彫刻・絵画が中心
  1 はじめ(14       )式(4〜8世紀) を模倣
   → 聖ヴィターレ、聖マルコ聖堂など
  2 (15        )式(11〜12世紀)  − 半円状アーチ、窓が小さい 
   → (16   )大聖堂(→口絵16) 、ウォルムス聖堂(ローマ式アーチ)
  3 (17       )式(12〜15世紀) − 尖塔とステンドグラスが特色
   → アミアン大聖堂(北フランス) 、(18     )大聖堂(ドイツ) 、(19            )大聖堂(パリ)  
   
 F 文学 → 騎士道物語が中心
  1 「20             」 ゲルマン(ブルグンド族)の英雄詩
  2 「21         」  フランス、カール大帝の部将の勇武
  3 「22         」  イギリス、ケルト人の王と円卓の騎士
  
   → 吟遊詩人 −  トルバドール(南フランス)、トルベール(北フランス)、ミンンンガー(南ドイツ)
   遍歴の詩人、叙情詩を歌う
  
 
    
 ☆ 重要語句
 ラテン語 哲学は神学の婢 スコラ学 実在論 アルクィン 神学大全 
 アンセルムス 唯名論 ボロニャ大学 パリ大学 オクスフォード大学 
 ロマネスク式 ゴシック式 ステンドグラス ピサの大聖堂
 ケルン大聖堂 騎士道物語 ニーベルンゲンの歌 ローランの歌
 アーサー王物語 吟遊詩人 トマス=アクィナス ロジャー=ベーコン    

 


 

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