「人事労務のトラブル防止について」

井上労務管理事務所

社会保険労務士 井上 博文

 

人事労務トラブル事例

第1章 退職ををめぐる事例

短期労働契約の終了

 

1.       更新を重ねた期間労働者を雇止めできるか

契約更新を重ねた短期雇用の臨時従業員の雇止めは、解雇に関する法理が類推され、従業員を    削減するほかやむを得ない特段の事情がある場合に限ってなし得る。

  臨時社員、パートタイマー、アルバイト等の期限の定めのある労働契約の場合、使用者としてはいつでも期限がきたら契約を終了させられると考えてしまいがちですが、契約が反復更新されている場合はそのように考えることはできません。当事者間の期待や、過去の更新回数、職務の内容等から見て正社員とほとんど変わらない実体がある場合は、解雇法理が類推され、雇止めには厳重な要件が必要となってきます。これを回避するためには、更新回数を比較的短くして一定に制限し、新たな契約をする等の考慮が必要です。短期の労働契約の終了にもこのような制約があることを念頭においておくべきです。

 

2.       更新を重ねた期間労働者の雇止めで、解雇事由の必要のない場合とは

契約を更新するに当たり実質的審査をなし、労働者が雇用継続を期待することに合理性が認め    られない場合には、解雇法理の類推適用はされず、雇止めすることができる。

このような場合では、一切の事情のうちどれを重視するかによって結論が異なってくる場合が    あり得るでしょう。基本的には、更新が反復されてきた程度や他の従業員についても同様に取り扱われてきたか等の事実が重視されると考えられますが、これだけが決定的な事情であるとはいえません。特に問題となるのは労働者側の能力等に問題がなく、会社側の人員削減の必要性のみから雇止めをする場合です。このような場合には、もともと労働者側に問題はないので雇用継続の期待は合理的であるとされる可能性が高くなります。それを埋め合わせるだけの人員削減の必要性、合理性がより強く求められることを注意すべきです。



3.       有期契約の更新拒絶が認められるか

期間の定めのある雇用契約が締結された場合、労働者に契約更新を期待する合理的理由がなけ    れば、更新拒絶は信義則に反せず許される。

特段の理由もなく契約社員として採用し、実際の労務管理上も正社員と明確な差がないような 場合には、最初の契約であっても雇止めが信義則に反するとされることになりかねません。殊に雇止めが認められなかったケースでは、使用者の側が安易に長期雇用を期待させるような言動を取っていることが多く見られます。
このような事態を避けるためにも、なぜ当該労働者を有期契約で採用したのかを明確にし、正 社員との区別を厳格に守ることが必要です。

 

定 年 制

1.       就業規則を変更して新定年制を設けることができるか

定年制が合理的なものであれば、新たに設けることができる。

定年制を設けること自体は一般的な合理性が認められますので、内容の合理性が最も問題とな    るところです。60歳未満の定年制は法律によって禁止されていますので、年齢面ではこれ以上でなければならないことは明確となっています。不利益回避措置は現実の労働者の保護を図るためのものですから不可欠といってよいでしょう。また、いきなり定年であるとして退職を迫るのはあまりに過酷で認められない場合が多いでしょう。一定の経過措置や数年間の再雇用の制度を暫定的に設けるべきです。手続面でも不意打ち的な改正では不合理とされる可能性がありますので、十分な予告ないし準備期間を設けておくべきです。

 

2.       新定年制に伴い労働条件を変更することができるか

変更の必要性があり、内容が合理的であればその不利益変更も可能であるが、賃金等労働者の    重要な権利の変更には、さらに高度の必要性にもとづく合理的内容である必要がある。

新定年制を実施する場合に労働条件を従来より不利に変更することは、「高度の必要性に基づ    く合理性」が必要とされることになります。その必要性を認めさせるには、新制度の内容が社会的に見ても一般的で相当なもので、一定の代償措置があり、少なくとも大多数の労働者の賛同が得られる見込みがあり、多数組合もこれを承認しているという程度に至っていることが必要です。このうち、新制度の内容の相当性が最も重要な点であると考えられます。具体的には、不利益変更の程度が同業他社においてとられている水準と同程度であり、今までの水準が高すぎたという評価ができる場合であることが必要でしょう。

 

合意退職の成立等

1.       退職願の提出がある場合、合意解約の成立時期はいつか

退職承認の決定権がある者が退職希望者から退職願を受理したときに雇用契約の合意解約が成    立する。

退職承認権限がある者が退職願を受理したときに労働契約の合意解約が認められるとされてい    ることは明らかになりましたが、退職承認権限の有無は具体的事例によって異なってきます。まず、従業員の任免権について明文があれば、その権限を有するものないしはその権限を分掌する部門の長が退職承認権を有するとされることになるでしょう。
 規程で明らかにならない場合は従来からの社内の手続として退職について最終的にどのような   決定がなされるかが参考とされることになると思われます。
権限について誰が退職承認の権限を有するかを職務権限規程等により明確にしておくべきです。

 

2.       退職願の提出が錯誤・強迫・心裡留保となる場合とは

 懲戒解雇事由がないのにあるかのように信じさせ(錯誤)、退職願不提出の場合は懲戒解雇す   ると告げ(強迫),従業員が退職する真意がないことを会社が知っている(心裡留保)場合である。

 労働者の退職願や辞職届があっても、後で労働者から使用者の強い勧めによって不本意に提出したもので無効ないし取消しを主張されることがあります。この場合に労働者は錯誤、強迫。心裡留保を主張する事例が多く見られます。
 退職願の提出が労働者の任意になされたと認められるためには、使用者側の前提とした事実が真に存在していることが必要です。懲戒解雇の事由がないのにあるように告げれば錯誤や強迫が認められることになります。
 使用者側としては少なくても前提事実の存在に関するしっかりした資料を保存しておくことが必要でしょう。

 

3.       退職願の撤回は自由にできるか

 退職願は雇用契約の合意解約の申込みの意思表示であり、この意思表示は使用者から承諾の意思表示があるまでは自由に撤回できる。

 退職願が提出された後にその撤回という問題が起きると、労働者の身分が不明確になり、使用者としても給料等の支払について迷うことになります。場合によっては給料の不払で訴えられたりすることも考えられます。退職願の撤回は使用者の承諾があれば撤回が認められなくなりますので、退職願が提出された場合は、使用者がこれを受理するのか、不受理にするのか、留保するのか、明確にしておく必要があります。そのためにも正式にこれらの内容を書面にして労働者に通知しておくのが最も明解です。


4.       退職勧奨はどの範囲で許されるか

 退職勧奨は労働者の任意の意思を尊重し、勧誘の態様、方法が社会的相当性を有する範囲内にあれば許される。

 退職勧奨の限界を超えるか否かは、すべての事情が考慮されることになりますが、その目的に十分な合理性がない場合には、勧誘行為があくまで労働者の任意の意思を尊重したという態様で行われる必要があります。また、目的に十分な合理性があったとしても、勧誘行為が半強制的なものである場合には、その面から違法性が認められることもあり得ます。退職金の割増支給など優遇措置があれば任意性も認められやすくなると思われます.

 

5.       早期退職優遇制度の適用の承認を受けないと割増退職金を請求できないか

 早期退職優遇制度の運用が会社の承認を優遇措置適用の要件としている場合、会社の承認を得ないで解約告知により退職した労働者には優遇措置が適用されない。

 この場合では、早期退職優遇制度と割増退職金請求権は相互に結び付いており、早期退職制度の適用を受ける者だけが割増退職金の請求ができるとされています。これは制度の規定のしかたや運用実態を考慮してこのように判断されたものですので、必ずしも一般的にこのようになるというものではありません。したがって、制度運用が事実上すべての退職者に割増金が支払われていたといった事情のある会社ではそのようにいえない場合があり得ます。会社の慣行が規定のしかたと異なっている場合には慣行が優先される場合があることに注意しておく必要があります。

 

そ の 他

1.       傷病休職制度における指定医受診拒否は、自然退職としてよいか

 傷病休職制度による休職中の従業員が会社の指定する医師の診断を受けないときは休職期間満了による自然退職として取り扱える。


 休職制度の内容は就業規則等の明文で詳細に規定を置いておけば会社がとるべき措置としては明確になります。ただし、裁判所はその定めをそのとおりに認めて休職に関して会社のとった措置を有効と認めるとは限りません。休職規定の目的、機能、合理性、労働者が受ける不利益等を総合考慮して限定的に解釈して、その範囲内のみで有効とする場合があることに注意する必要があります。この事例でも会社が業務上の疾病であることに疑いを持つことにつき合理性がない場合(例えば、医師が業務上のものであることを断定するような場合)には結論が変わった可能性があります。


2.       従業員の引抜きと雇用契約上の誠実義務との関係は

 従業員の引抜きが社会的相当性を逸脱し、極めて背信的方法で行われた場合には、雇用契約上の誠実義務に違反し、債務不履行あるいは不法行為責任を負う。


 在職中の引抜行為は、隠密理に行われることが多いため、いざ訴訟を提起するとなると証拠を十分収集できるかという問題があり、また損害額の立証も相当大変です。さらにいうと、引き抜かれる者も会社の待遇、労働条件等に不満があるからこそ、引抜きに応じるのです。そこで、経営者としては、こうした引抜行為が行われないよう、普段から従業員と十分な意思の疎通を図り、不平不満が噴出しないようにしておくことが肝要と思われます。


3.       退職時に留学費用の返還を定めた規程は違約金の定めに当たるか

 会社の業務命令として海外留学させた場合、留学終了後5年以内に自己都合退職したときは留学費用を全額返還させる旨の規程は労働基準法16条に違反し無効である。

 留学後、ある程度の期間は在職して会社のために働いてもらいたいというのは、会社の本音であると思います。しかしながら、業務に関連するか、業務の一環として留学が行われた場合は、留学費用の返還請求は認められないと考えておくべきでしょう。また、業務に関連しない留学の場合にも、費用の返還規程があるというだけでは不十分であり、留学する社員との間で書面により金銭消費貸借契約を締結しておくべきです。そうでないと、貸し付けたものか、手当として支給したものかが明確にならず、また、返還の時期や返還業務を負う範囲が明確にならないからです。


4.       従業員が役員に就任する際の当然退職規定の効力は

 従業員が会社の役員に就任したときに当然に退職する旨の就業規則の定めは有効である。


 従業員の中から役員に就任する者を出す場合、本来は雇用契約関係を終了させてから就任すべきであり、その意味で当然退職規定を設けることは法の建前に合致しています。しかし、この当然退職規定の実際の運用に当たり、強要・強制がなされた場合や、他の者が従業員としての地位を保ったまま役員になる(いわゆる従業員兼務役員)にもかかわらず、ある者だけが当然退職規定を適用されたという場合には、その効力が否定され、雇用契約関係が終了していないと判断されることがあり得ます。したがって、強要・強制を一切行わないこと、また、この規定は一律に適用すべきこと(従業員兼務役員が存在する会社においても、いったん一律に退職をしてもらった上で従業員として雇用契約を結ぶ)が必要です。


5.       再雇用制度を設ける場合の留意点は

 会社の定年退職後の再雇用制度の内容および運用を明確にし、会社は定年退職者の中から誰を嘱託社員として再雇用するか否かの決定権限を有していることを明らかにしておく必要がある。

 定年後の再雇用制度を設けるに当たっては、希望者全員を再雇用する制度でないことを制定に至る経過の中で明確に表明し、かつ、そのことを制度内容にきちんとうたっておくことが必要です。また、希望者全員を再雇用するような労使慣行が成立しているといわれないために、制度をきちんと運用し、選任を行い、不採用者を必ず出しておくべきです。安易に希望者全員を再雇用するような運用をすることのないように、注意してください。