成

中尾健二さん(兵庫県神戸市)より、成ヶ島自然観察会&海岸清掃(2003/8/29) へ参加された感想・報告をご寄稿いただきましたので、紹介させて頂きます。
 
遠景2 成ケ島

 「成ヶ島」は「なるがしま」と読む。洲本市由良町由良にある砂凍州の発達した陸繋革で、 潟湖(ラグーン)がある。 その美しさから「淡路橋立」の名があり、今は無人島になっている。

 6月(03年)のエコウォーキング(瀬戸内海の生い立ちを探る)(主催=瀬戸内の環境を守る連絡会・瀬戸内を守る明石市民の会)で、この島を初めて知った。
その日、ウォーキングの終わった後、世話人の玉田さんから「7月に成ヶ島の海岸清掃を計画している」と紹介された。 今、淡路島の南にある国立公園の成ケ島がゴミで一杯だ、という。環境保護活動家の間では、かなり知られている島らしい。
 
 帰宅して地図を開いた。紀淡海峡に臨む友ヶ島を前に、淡路島に沿う細長い島であった。 「ああ、こんな所にあるのか」。友ヶ島なら少年のころ日本観光地官選で和歌の浦・友ヶ島の名で出会い知っていた。
 今、わが家のベランダに立つと高層住宅の隙間に切れ切れに見えている。 残念ながら成ヶ島は淡路島の影になり見えないが、かえってそのことが遠景遊歩の気分をくすぐった。

 8月29日(金)、<2003年夏 成ヶ島自然観察会&海岸清掃>(主催=国立公園成ヶ島を美しくする会・後援=瀬戸内の環境を守る連絡会)に参加した。残暑はきぴしいが前日の雨も上がり、期待感がつのった。
 コンビニでおにぎり3個に茶を購入。明石淡路フェリー乗り場へ。10人ほどが集まってきた。ちょっと淋しい気がした。ウイークデイによるのか、バス代2千円の清掃ボランティア?と思ったりした。 9時半、「たこフェリー」は出港した。

 玉田さんの挨拶。「参加者は14名。成ケ島は7月の花の季節を終わり、今は台風10号(8月)に打ち上げられたゴミで一杯、悲惨です。‥‥‥(散策を)楽しむ時間はないと思います」、ということであった。 ―― そう、今日はボランティアで来たのだ。

 デッキに出る。明石海峡は数隻の貨物船が東行西行、海峡大橋主塔付近では漁船数隻が操業し、遠く神戸沖には20隻ほど集まっているのが見えた。豊かな海だ。 と、そこにゴミの帯が近づいてきた。どこから来て、どこへ行くのだろう?

 10時前、岩屋港着。淡路島東海岸を南へ。対岸の泉州はもやのなか。
 ゆったりした車内で自己紹介があった。若者が7人(男3・女4)うち5人が大学生。遠足気分でとか、ゴミ拾いは初めてとか、萌張りたいとか、きれいにして帰りたい、と話した。高年者が6人(男3・女3)。 玉田さんからの案内状をもらい参加した、国立公園の島を見たかった、ゴミ拾いで役に立てたら・・・そして一様に若い人の参加を喜んでいた。だれにも遊び気分とゴミ拾いが同居しているようで、この気張らない思いを私は気に入った。 玉田さんは時間不足で予定の人数が集められずともらし、残念そうであった。

 車窓の景色では、つい海岸に目がいった。浜や磯、沖合いの所々に寄っているゴミを見た。人が拾わぬ限り、どこの海岸でも見られる風景だ。また東浦町の世界平和観音像、津名町の広い埋立地、山城の洲本城、そして安乎(あいが・洲本市北部)の辺りで見た、友ヶ島(沖ノ島・地ノ島)と成ヶ島の島影が印象に残った。
成ヶ島は木魚の形をして、淡路島本島の山裾に連なっていた。やがて11時過ぎ、水道100mほどが隔てる成山(成ヶ島北端)を見ながら由良大橋を渡り渡船場に着いた。

 車中で配布された2枚の資料から――
 「成ヶ島の自然」 のトップには、開花期のハマボウの群落とそこに咲く黄色の花々をアップした写真があった。花は青空に向かって誇らしげに、なにか主張しているように見えた。2つの見出しが呼びかけていた。「絶滅から救え!貴重な植物」、「私たちの願い 守ろう!国立公園成ヶ島の自然を やめよう!ゴミのポイ捨て(成ヶ島に流れ者くゴミで困っています)」と、あった。

裏面には成ヶ島の形成を説明し、由良港は北端(新川口)と南端(今川口)を人工的に開鑿して造られた 天然の良港であると、あった。他の1枚「成ヶ島の植生(概要)」は植生の分布と徒歩散策コースを書いた地図(1:1万)である。 北端の成山(52m)は照葉樹林(シイ・ウバメガシ他)、潟湖に面する砂州(約2km)には草地雑草(ミヤコグサ他)・ハマボウ群落・塩湿地植生(ハママツナ他)・海浜植物(ハマヒルガオ他)、南端の小丘(23m)高崎灯台付近には常緑樹や落葉材が分布していた。そして図の中央には「兵庫県レッドデータブック登録植物」12種=Aランクにハマボウなど4種、Bランクにハママツナなど5種、Cランクにウラギクなど3種の名前が並んでいた。

他に事前に開いた2、3の書物から――
 成ヶ島は歴史的にも興味を呼ぶ。藻塩焼くという古代製塩の遭跡が高崎ノ鼻にあり、製塩土器が出土、そのころ紀淡海峡は「由良の戸」と呼ばれた(『兵庫探検』)。下って江戸時代初期、姫路藩主池田輝政の三男忠雄が成山城を築いたが間もなく廃城。幕末にはその城の石垣石を使い高崎台場が築かれた。

さらに明治以後、阪神地域の守りとして砲台(118門)を築き、要塞地帯と化した。第2次大戦後、 瀬戸内海国立公園の一都に指定されると観光開発が進み、成山に国民宿舎やキャンプ湯がつくられ海水浴や 潮干狩り・海釣りで賑わっている、とあった(『角川 日本地名大辞典 兵庫県』)。  なお「由良」であるが、「ゆら」とは風や波で砂が揺り上げられた所、岸の平地を指すという(『兵庫の地名を歩く』)。いずれにせよ付近一帯は砂礫の寄り集まりやすい所、つまりゴミも寄りやすい所である。

 下車した。地元の人、2人に迎えられた.「国立公園成ヶ島を美しくする会」の会長・副会長さんであった。 由良港の岩壁から見る成ヶ島は、左手に小山を覆う森、右に向かって漠として続く低い土地が、内海(由良湾)を包むようにして伸び、森で終わっていた。
 渡船はすぐに成山下の船着場に着いた。昆沙門堂と島管理事務所の他に建物はなく、前に広い草むらと林が開け、内海に沿って遊歩道が伸び、その下に干潟が続いていた。

                  初めに短時間、植生を観察した.遊歩道に積もるゴミを踏んでハマボウの群落に入った。
樹高は2メートルほど。すでに花期が終わり親指大の実を無数につけていた。さらに奥へ……、 そこには直径5cmほどのまっ黄色の花が、梢に1つ、2つ残っていた.実に花を咲かせていた、・・・。
海水に浸かって育つ珍しい落葉低木で、暖帯のマングローブに例えられるという。

 それから干潟に出た。入江にハママツナの群落がある。葉が松の葉に似ていることから、この名があるという。にぶい緑色の多肉の葉は紅葉するという。

 砂利混じりの黒い砂泥の干潟には無数の穴があり、プクブクと音が出てくる。小指ほどのばば色のカニがちょろちょろ動きまわっていた。 そこへどこからか、片側だけ白い大きなはさみのあるカニがやってきて止まった。甲羅ほどもあるはさみを折り曲げて、まるで偵察をしているように見えた。ハクセンシオマネキだという。

 砂州の内海側でゴミ拾いをした。遊歩道から干潟にかけて、波に打ち上げられ、風に飛ばされたゴミが、あちこちに散乱し、重なり、帯を作り、草にはさまっていた。 さて、どこから始めようか――。 会長さんが遊歩道に積もったゴミを見て、「ボランティアの手におえるゴミではない、(行政で)……。」と言われた。 遊歩道の下から干潟にかけて拾うことになった。

 なにしろ、明石海峡から大阪湾にかけてのゴミが寄ってくるという。色々のゴミがある。 プラスチックケース・ペットボトル・トレイ・発砲スチロール箱・空き缶・空き瓶・釣具・・・車のバンパー? 木片や竹・括れ草などなど。 家庭ゴミ・レジャーゴミ・産業のゴミ。――ポイ捨てのゴミが目立って多い。「全て河川敷から流れ出たゴミです」と、会長さん。泉州からは1週間で流れ着くという。

 各自思い思い。 私はペットボトルを拾い集めた。大小さまざま、蓋を外し飲み残しを捨てると、悪臭が鼻をついた。大袋はいつの間にか一杯になつた。丁度正午を回っていた。
 昼食のおにぎりを食べながら会長さんの話を聞いた―― 20年前に国民宿舎が閉鎖されて無人島になると、ゴミの始末をする人がいなくなった。ゴミを資源として活かす手はないものか・・・。午後は仕事の都合で失礼するが、市長さんが視察に来られる、ということであった。

 12時45分、作業再開。陽射しも強まりいよいよ暑くなった。午後も各自それぞれ。今度は遊歩道傍の草むらからハマボウ群落にかけて飛散している、ビニールの切れ端やトレー・菓子箱のフィルムなど軽いゴミを拾った。袋が一杯になる頃には、ゴミが消えた。

目に見える結果が出て、なんとなく嬉しくなった。「えらいもんですな、綺麗になりましたな…。」と傍にいた婦人に声をかけ、一緒に喜んだ。

 次は干潟に下りて、空き缶や空き瓶を集めた。錆びたり泥が詰まったり、わりと新しいもの、これも色々。 水を捨て袋に入れる。重くなる頃一杯になった。 ゴミ袋を管理事務所裏の集積場に運ぶのは軽四に乗る副会長さん。ゴミは穴を掘って埋めるという。遊歩道まで運んだ。青い袋の山を背に荷台に掛けていた学生が席を空け、どうぞと勧めてくれた。気持ちは嬉しかったが、私は歩くことにした。三々五々引き上げる中、私が一番後だ。このごろ「何をしても遅くなった」と思った。学生が手を振っていた。
童心、私も応えた。これは嬉しかった。

 まだ大量のゴミが残っていたが、不思議と来た時とは違って見えた。皆で2時間余りかけて集めた40袋の成果だ。汗まみれと疲労感、しかし満たされた気分であった。

 14時過ぎ、帰り支度をしていると市長さんら数名がみえた。皆の前で、玉田さんと一言二言交わして、去っていかれた。

 渡船場着。15時過ぎ、記念撮影のあとバスは出発した。クーラーが効いて車内は快適。
運転手さんから「暑いなかご苦労様でした」と、慰労の声をもらった。明石に着き下車するまで、みな静かであった――「今日の感想は」と、よくある発表時間はなかった。そう、それでいい。皆、よくやった。お互い殆ど話を交わすことはなかったが、微笑みと作業の なかに、気心の通い合うのを感じていた。

 さて今、この紀行をまとめながら思う。島を離れる時、副会長さんが 「今度は花の季節に来て下さい」と。ぜひ、そうしたいと思う。その時、国立公園「成ヶ島」 はどうなっているのだろう。さらに膨大なゴミが、私たちが拾った、その向こうにあるという。

  「このゴミ、便利さを求める生活と不用意な行為の出会った結果ではないか。富士山がゴミで泣いているというが、これは意図的に廃棄されたゴミ。相手は海の向こうからやってきたポイ捨てのゴミ、もっと始末が悪い」、と思った。


平成15年9月5日 記

中尾健二


 淡路の南東に位置する成が島は、南北2キロ、東西1キロほどの元潟湖でした。土手を決壊させて、海水の流入箇所を作ってから、海流のせいで、大阪湾のごみが、どっと集まってくるようになってしまいました。海岸にありがちな魚のトロ箱の発泡スチロールの破片が、多くみられます。残念なことに、ありあまるほどとれたアジ等の魚も、減っています。又ここは、兵庫県のレッドデータブックに載っている絶滅危惧種の珍しい花が、たくましく咲いているところでもあります。ハママツナという海水で育つ植物は、つい最近まで食用とされており、あちらこちらに繁茂していましたが、それらも、ゴミの間で育っているという有様です。成が島の稀有な自然をみんなの努力できれいにしましょう。

と き8月29日(金)
スケジュール9時 明石たこフェリー乗り場集合 (神姫バス中型車)
9時30分の船で渡ります
12時半頃現地着、成が島で昼食(弁当持参)
2時間ほど、成が島にて、散策しながら、ごみ拾い
15時頃、帰途につく
17時 明石港着、解散
どしゃぶりの場合中止
参加費2000円(バス代+保険料)
その他現地で渡船代300円が必要です
持ち物弁当・水筒・帽子など(ゴミ袋・軍手はこちらで用意します)
現地で飲み物の配布あります。参加賞も用意しています。
主催国立公園成が島を美しくする会
洲本市由良3丁目8−8 tel&fax 0799-27-0393
後援瀬戸内の環境を守る連絡会
明石市東仲の町3−15 tel&fax 078-911-7397
連絡先玉田真知子 tel&fax 078-934-7867
E-mail: fwnk1791@mb.infoweb.ne.jp までお願いします。
当日の問合せ先 tel 090-8467-4476(鳥實大樹)
30人になり次第、締め切ります。