学習会のお知らせ
『サンフランシスコ湾の海岸保全と住民運動』
瀬戸環連の機関誌”瀬戸内海ニュース”等でお知らせしておりましたが、2002年の瀬戸環連活動は、全労済より助成を受けて行なう調査※《日・米湾岸の環境実態と保全条令比較と提言活動》でスタートします。それに向け、学習会を計画しましたので、皆様の多数のご参加をよびかけます。
学習会テーマ:『サンフランシスコ湾の海岸保全と住民運動』
日 時: 1 月 14日( 祝 ) 13:00〜17:00頃迄の予定
場 所: 明石勤労福祉会館2F 第3会議室(定員22名)
講 師: ハーヴィ・シャピロ氏(日米の比較研究をなさっています)
内 容: 報告・質疑応答・意見交換 等
参加申込:瀬戸内の環境を守る連絡会 事務局
FAX (078)911−7397
※ アメリカの情勢を考慮し、当初申請実施期間より延期して行なう予定。
アメリカNGO(ノーチラス他)との交渉 →調査&研究タスクフォース(チーム)発足
→ 日・米調査、研究、比較活動 → まとめ → 報告書発行 → シンポジウム開催
学習会『 サンフランシスコ湾の海岸保全と住民運動 』報告
瀬戸環連 事務局長 小沢 秀造
1月14日(祝)、ハーヴィ・シャピロ先生(大阪芸術大学環境計画学科・瀬戸環連会員 )に講師をお願いして、明石勤労福祉会館にて学習会を開催しました。参加者は16名でした。まだ正月気分がぬけない時期ですので、参加人数を心配したのですが、会場をほぼ埋める参加者を確保できました。 シャピロ先生は約30年前に来日し、大学で環境管理の教鞭をとっています。海岸の保全や住民運動に一貫して関心を持ってこられました。瀬戸環連などが実施した大阪湾の調査では学生と共に参加していただいたこともあります。先生は、日本での滞在が長いのですが、サンフランシスコ湾の保全運動についても一貫して関心を持たれ、学生とともに調査をされた実績もあります。
3人の大学関係者の妻が中心になって始まった運動であることを具体的に紹介されました。3人とはキャサリン・ケール、シルビア・マクローリン、エスサー・ギュリックさんです。いまも創設者の中には健在で運動に深く関与されており、広報ではかけがえのない役割を果たされている方がいるようです。3人はあのバークレーの市民です。(アフガンでの戦争の際、新聞報道では、冷静な反応を示したのは市民全体としては全米唯一らしいという事は皆様の記憶に残っているのではないでしょうか。そのバークレーです )シャピロ先生は、バークレー沖の埋立反対運動から、サンフランシスコ湾保全への道筋を紹介されました。湾は手づかずのまま保全されている訳ではありません。多くの自然破壊、埋立がありました。紹介された資料によると、環境団体としてセイブザベイ、アーバン・エコロジー運動、グリーベルト運動が紹介されました。その中で、セイブザベイの実績とこれからの実績と目標は次の通りです。彼らの熱意が伝わってくるように思いますがいかがでしょうか。 次の世代に運動を引き継ぐためには、環境教育が欠かせないことは広く認識されています。アメリカと日本とどう違うのでしょうか。キャンペーンなどにマスコミは欠かせませんがNGOとマスコミの関係はどうなっているのでしょうか。湾保全の条例を市民運動のなかで造ってきたようですが、日本でどのように活用できるのでしょうか。日本の環境省などは、いま盛んに環境創造を唱えています。サンフランシスコ湾のミチゲイションは非常に息の長いもののようです。環境創造は可能でしょうか、どのようなことが成功の条件になるのでしょうか。
瀬戸環連は6月にサンフランシスコ湾と大阪湾の保全のあり方をさぐるため大阪湾での経験をさらに深め、それをもってサンフランシスコ湾を訪問します。予定ではシャピロ先生の全面的な協力が得られます。NGOノーチラス所属のサンディ・バフェットさんが瀬戸環連を訪問されましたが、ノーチラスにも連絡をとり協力を求める予定です。瀬戸環連の調査らしく市民・住民の経験、発想による調査としたいと考えています。英語が出来なくとももちろん結構です。参加をしませんか。なお、学習会の資料では、シャピロ先生は過去2回の調査について旅程表もつけて説明されました。
参考 ※ 学習会資料4より(和訳) 湾を守る会(セーブ・ザ・ベイ)の成果
1961年: 米国においてこの種の最初の団体である。湾を守る会は無秩序な湾埋め立 てを阻止し、海岸を公共の場として開放するため設立された。
1965年: 目標をしぼって努力した結果、パット・ブラウン知事は国内初の海岸保護協会、サンフランシスコ湾保全開発委員会(BCDC)を設立する法律にサイン。
1970年: 第1回アースデー −1970年ストックホルムの環境委員会で国際的なモデルとされた。
1974年: カリフォルニアでの最初の湿地保護法で、米国最大の塩水湿地、スイサン湿地保護法(85,000エーカー)を通過させる。
1976年: 州裁判所に湾デルタ保護区を保全する訴訟を提出し、デルタと隣接する川から流入する水量の制限を行うラカネリ決定をかちとる。
1982年: 州の住民投票で周辺運河の建設中止のキャンペーンを開始し、デルタの水の汚染を防ぐ。
1989年: 動物の生息地回復のため、住民主導のキャンペーン開始。
1992年: 4つの隣接する市の海岸線を保護する東岸州立公園を設立する法律を作るため活動。米国の歴史中最も意味深い水政策改革法、セントラルパワープロジェクト改良法を草稿、通過させる。
1994年: カリフォルニアの水戦争を交渉・解決させ、重要な役割をはたすサンフランシスコ湾デルタ生息地保護のため、新しい州の規則を定める湾デルタ協定で主要な役割を果たした。
1995年: BCDCを解散させるという知事の提案を、草の根運動キャンペーンでうちまかす。
1997年: 湾の魚類捕獲の適正量に関する資料作成。カヌー・イン・スロー(ぬかるみのカヌー)という教育プログラムを開始。湾北部の生態系保護と回復に関するビデオ「サンバブロベイランド」を作成。
1999年: 米国内務省に対し、デルタ湾の80万エーカーの淡水水流改善の裁判に勝訴し、セントラルバレープロジェクト改正法(CVPLA),1992年を義務付ける。湾への滑走路増設をくいとめ不必要な埋め立てに抗するキャンペーンを開始。デルタ湾内の生息地回復のため、湾内の浄化汚泥再利用の可能性に関する報告書を作成。
学習会で初めてお会いできたシャピロ先生は、日本語ペラペラ!で嬉しかったです。 (もし、サンタの服着たらピッタリで子どもは大感動でしょう?!・・・スミマセン )。会場から次々と出される質問ひとつひとつに、丁寧に答えて下さいました。配布資料はほとんど英文で、あーやっぱりEnglish勉強しなくてはダメかなぁとしみじみ感じました。( 風 )