毎日新聞、2001年6月30日(土曜日) 兵庫版 第23面 「読者とともに 地域とともに」で瀬戸環連の瀬戸内海沿岸調査が毎日新聞で紹介されました。瀬戸内沿岸の海岸線の調査、瀬戸内沿岸住民の意識調査などが紹介されています。調査をされたうちの2人五島康治・事務局次長(57)佐野芳徳さん(53)も登場します。ぜひご一読を!
環境の世紀に 12 第一部
自然海岸は21%に減少
かつては白浜青松の浜に恵まれた瀬戸内海。しかし、工場地帯の拡大やコンクリート護岸工事などで、手付かずの海岸は激減している。明石市の市民団体「瀬戸内の環境を守る連絡会」(瀬戸環連)が大阪湾から中国、四国の海岸線を3年がかりで調査したところ、瀬戸内海全体の自然海岸の割合は21%であることが分かった。調査結果をまとめた報告書(計680ページ)には「身近な瀬戸内海を守りたい」という願いが詰まっている。
調査は瀬戸環連の呼び掛けに賛同したボランティア延べ約300人が、96年から3年間にわたり、徒歩やシーカヤックで約3780キロの海岸線を実際に見て行った。
踏査範囲は、大阪、兵庫、岡山、広島、山口、徳島、香川、愛媛、福岡、大分の10府県。総延長3783キロのうち、最も多かったのはコンクリート海岸で1705キロ(45%)。次いで、企業用用地などで立ち入り不能海岸879キロ(23%)▽自然海岸794キロ(21%)▽人工構築物はあるが干潮時に浜辺が現れる準自然海岸405キロ(11%)--------の順だった。調査地点は違うものの、約30年前の専門家の調査では自然海岸は49.5%だったという。
大阪湾(452キロ)に限ると、自然海岸は6.6%(30キロ)しかなかった。大部分は淡路島で、明石市から尼崎市までの自然海岸はわずか1キロ余り。大阪、堺市には全くなかった。
明石市付近の海岸線を歩いた五島康治・事務局次長(57)は「近寄ることさえできないフェンス張りの海岸が追いことに驚いた」と振り返る。大阪湾の調査をまとめた報告書には「コンクリートの向こうに海があった」とタイトルを付けた。
自然海岸が比較的多く残っていたのは淡路島と四国各県。源平合戦の舞台になった高松市東部の屋島では、地元でカヌーショップを経営する佐野芳徳さん(53)がシーカヤックで調査した。国立公園内では自然海岸が残っていたが、湾岸部分の大半は埋め立てによって造成されていた。「海水と淡水が混じる汽水域には貝類やゴカイ類などが豊富で、水の浄化にも役立っている。自然海岸の減少は生態系の破壊にもつながる」と話す。
瀬戸内海沿岸を現地調査
身近な海を守りたい
明石の市民団体
瀬戸環連は海岸調査に合わせて意識調査を行なった。96年に大阪湾沿岸に住む250人を対象に行ったアンケートによると、海を身近に感じる人の割合は大阪周辺の人が18%なのに対して、神戸では40%、淡路島で50%と高かった。大阪湾の自然環境が悪くなった思う人は全体の9割近くを占め、特に海水浴や潮干狩りなど、海水に直接触れるレジャーの場がなくなったことに対する不満が多かった。
20年以上にわたって瀬戸環連で活動してきた五島さんは、「瀬戸内海の公害問題や自然保護に関わってきたが、頭で考えすぎてもよくないことが分かった。実際に海岸を歩き、海水を触ることに意味がある。子どもたちが調査に参加してくれたことが一番の収穫」と振り返った。
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埋め立てや海砂採取などをめぐって今も揺れる瀬戸内海。身近に接することが、豊かな海を守るための最初の一歩になるのではないだろうか。
【井上大作】
引用:毎日新聞、2001年6月30日(土曜日) 兵庫版 第23面 「読者とともに 地域とともに」
「コンクリートの向こうに海があった」の紹介はこちらをご覧下さい。